1990年代後半以来、歴代内閣のブレーンとして権力の中枢で影響力を行使し続けてきた竹中平蔵氏。ジャーナリストの佐々木実氏がこの特異な人物の実像に迫ったノンフィクション『市場と権力』が、このたび『竹中平蔵 市場と権力』として文庫化される。
同書が明らかにした重要な事実の一つに、竹中氏の処女出版が共同研究の成果を「独り占め」したものであるということがある。
日本開発銀行(開銀)の職員だった竹中氏は、1981年からアメリカ・ハーバード大学で研究員となり、開銀の2年先輩で、当時ペンシルベニア大学の研究員として留学していた鈴木和志(かずゆき)氏と共同研究を行なっていた。しかし帰国後、出向先の大蔵省で処女作の出版を目指した竹中氏は、当時の共同研究の成果を「独り占め」してしまう――。
以下は、その経緯を記した同書からの抜粋である。
大蔵省大臣官房調査企画課の財政金融研究室に在籍していた竹中は、大蔵省での仕事とは別に、自分自身の将来を左右することになる重要な個人的プロジェクトを密かに進めていた。処女作の執筆である。
大蔵省に出向した際にはすでに構想を温めていたようで、大蔵省で上司となった吉田和男には話を打ち明けて協力を依頼していた。吉田の証言。
「本を出版するということだったので、それはがんばってもらわんといかんな、と。すでにストックがあって、それをまとめたいというので、私もいろいろなところを紹介しましたよ。(論文にする)材料はもっているということでしたので」
竹中の処女作には、吉田以外にも指導教授の役割を果たした経済学者がいた。ペンシルベニア大学で知り合った小川一夫である。小川はペンシルベニア大学で博士号を取得して帰国し、当時は神戸大学に在籍していた。
竹中は月に一、二回は東京から神戸に出向き、小川に論文の手直しなどを手伝ってもらっていた。小川の証言。
「開銀にいたとき書いたものをまとめて本にしたいということでした。その本で学位をとりたいということだったのだろうと思います。竹中さんは大学院に行っていなかったから、博士号をとりたかったのだと思いますよ」
小川に送ってくる論文はワープロ書きではなく、手書きだった。忙しい仕事のあいまを縫って書き継いだのだろう。