「あやしい臨床試験」と「後出しじゃんけん」で作られる薬の効果

医学はこうして統計学をハッキングした
大脇 幸志郎 プロフィール

第三に、「論文」にする狙いが不明だ。重要な試験を選び出すとか、データベースの形式ではわからない新しい観点を提供するといったことなら、それは上で批判してきた後出しジャンケンそのものだ。

重要な試験結果が報告されたことを広く伝える役割は、論文ではなく、ニュースにある。医学誌ではなく医師向け情報サイトでやれば十分だ(『JAMA』のように医学誌にニュースコーナーがあってもいい)

試験の主な結果がすでに周知されていることを前提に、あくまで仮説生成のために登録外の解析をやるというなら、わからないことはない。だが現実には登録どおりにプライマリ・アウトカムを報告した「論文」が続々と『NEJM』にも載っている。

・未治療の急性骨髄性白血病に対するアザシチジンとベネトクラクスの試験の「論文」(データベースに登録されている
・新型コロナウイルスに曝露されたあとでヒドロキシクロロキンを飲むことでCOVID-19の発症を予防できるかの試験の「論文」(データベースに登録されている
・ニルセビマブでRSウイルス感染症を予防できるかの試験の「論文」(データベースに登録されている

もちろん、データベースにも問題がないわけではない。たとえば、論文よりもはるかに多くの試験が登録されるために、ひとつひとつが査読されていないという点は弱みになりうる。しかし査読にも抜け道などいくらでもあることは、ゾフルーザの論文が示しているとおりだ。

現実には臨床試験の「論文」はおおむね広告としてしか機能していない。データベースで淡々と報告すればいいものに、専門誌の権威を飾り付けているだけだ。

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出版バイアスの問題

実際に無数に行われている臨床試験のうち、論文として医学誌に載るものは一握りでしかない。中でも『NEJM』のようなトップ人気の医学誌に載るものはさらに絞られる。ここで、いい結果が出た試験のほうが論文になりやすく、人気の医学誌にも載りやすいことが古くから指摘され、出版バイアスと呼ばれている。

出版バイアスは難しい問題だ。論文になっていない、試験登録データベースにも載っていない結果は存在するかどうかもわからないので、出版バイアスがあるかどうかを厳密に検証することが原理的に難しい。

だから「非小細胞肺癌をオプジーボとヤーボイで治療する」と考えたとき、『NEJM』に載った試験の条件からほんの少し違う条件でも効くと言えるのか、それとも条件が違うと効かないのか、判断しようがない。「この場合には効かなかった」というデータがあれば、「効いた」というデータと同じくらいの価値があるはずなのだが、「効かなかった」のほうはどこかに埋もれてしまう。

臨床医学で言うチェリー・ピッキングとは、論文の著者が自説に都合のいい文献ばかり引用することを指す。出版バイアスとはつまり、個々の著者ではなく、研究者の社会全体が共同で行うチェリー・ピッキングだ。

出版バイアスに対抗するために試験登録のしくみができたし、次に説明するように、「出ているデータは全部まとめる」という方法が発達した。これもいまでは攻略されてしまったのだが、重要なアイディアではあるので、次回の記事の最初で簡単に説明することにしよう。

次回 C型肝炎治療の評価をもゆがめる、医学統計の深い闇