結局、「総合商社」は何がスゴいのか?“投資の神様”バフェットはこう考える

注目の食糧分野で新たな主役
大原 浩 プロフィール

坂本龍馬に遡る商社

福山雅治主演のNHK大河ドラマ「龍馬伝」(2010年放映)で香川照之演じる岩崎弥太郎(三菱財閥の始祖)は、あくまでさわやかな福山演じる坂本龍馬と好対照であったが、鬼気迫る演技で主役を凌駕するほどの強烈な印象を我々に与えた。

このドラマに描かれていたように、坂本龍馬の海援隊(日本で初めての株式会社とされる)が、1867年の近江屋事件後に後藤象二郎に委ねられ、さらに岩崎弥太郎に継承され九十九商会となった。これが三菱の源流である。

九十九商会は後に、三菱商会、三菱蒸汽船会社(後に郵便汽船三菱会社として日本郵船が分離)、三菱社と変遷している。

例えば、明治時代の日本企業による海外進出は、まず三井物産が進出し、日本郵船が航路を開き、横浜正金銀行(現・三菱UFJ銀行)が支店を出すと言われ、日本の外交官から「公館(大使館・領事館)無けれど物産あり」とまで言われれたほどだ。

その三井物産の源流は、明治初期に外国の商館に牛耳られていた貿易を日本人の手に取り戻そうと、井上馨や益田孝らによって設立された先収会社にある。

井上馨の政界復帰に伴い、益田孝らが三井家の支援を得て先収会社の志を引き継ぎ、その商権等を元に旧三井物産が1876年に設立された。

もちろん三井財閥の歴史はもっと古い。平安末期の1100年頃、京都を離れ近江で三井の性を名乗っている(家伝によれば平安時代の関白太政大臣藤原道長の後裔であるが、確認できる資料は残っていない)。

伊藤忠商事は、1858年、初代・伊藤忠兵衛が麻布の「持ち下り」行商を開始したことをもって創業としている。丸紅もルーツはまったく同じであり、後に分かれた。

住友商事は、最も遅れて出発した。戦前の住友財閥には独立した商事部門がなく、住友商事は、戦後発足した総合商社である。これは、第3代総理事・鈴木馬左也が1921年に「商社設立禁止宣言」を発したからである。「浮利を追わず」という住友家の家訓を極めて厳格に解釈したものと思われる。

しかし、住友家の先祖は平家一門といわれる。桓武天皇の曾孫・高望王の22代目に備中守忠重が現れ、「住友姓」を称し、室町将軍に仕えたとされる(「始祖」)。

「家祖」といわれるのは、忠重から数えて8世にあたる住友政友であり、彼が京都で書籍と薬を商う「富士屋」を開き、商家(後の財閥)としての住友家を興している。

 

一般的にはこれ以降が住友財閥の歴史とされる。結局、財閥としての長い歴を生かして急速に追い上げ、住友商事も5大総合商社の重要な一画を占めるようになった。

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