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安倍政権の「公文書隠ぺい・廃棄問題」とは何だったのか、残された難題

安倍政権と公文書問題(前編)

安倍政権と公文書問題

8月28日の辞任会見で、安倍晋三総理は「政治においては、最も重要なことは結果を出すことである」と述べた。政治が結果を問われそれに責任を持つことを求められるのは常で、裏を返せば国民から結果を問われない政治は、民主主義の体をなしていないということになるだろう。

ただ、この「結果」という言葉の実質をよく見る必要がある。それは、政治判断や政策判断に絶対的な正解があるわけではなく、すべての人が納得・支持するものなどないし、その影響や成否は、時間が経たないとわからないものも多いということだ。

だから説明責任が重視されるし、結果に至るプロセスを記録せよということになる。後づけの説明は「言い訳」や「保身」と紙一重で、プロセスが記録されていなければ結果に合わせて創作もできてしまうからだ。要は、「結果」は、説明責任を果たすに十分で信頼できる公文書が残っていることによってはじめて評価可能ということになる。

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ところが周知のとおり、歴代最長政権となった安倍政権の7年9か月間は、特に後半の2017年以降に、政治の発言に合わない公文書の廃棄や改ざん、政治の意向に合わせたデータづくりなどの問題が、官邸肝いりの政策や政治責任の問われる場面で繰り返し発生した。

最初は、陸上自衛隊の南スーダンPKO派遣日報の隠蔽問題だった。フリージャーナリストの布施祐仁さんが防衛省に行った2016年7月の日報の情報公開請求に対し、不存在と決定したことが発端だ。情報公開請求は2016年9月末に行われており、保存期間は一年未満で廃棄済みと防衛省が説明したことから問題が広がっていった。

後に日報データが陸自ではなく統合幕僚監部に保存されていたことがわかって部分開示され、当時の自衛隊宿営地周辺での戦闘が発生していたと報告されていたことが明らかになった。しかしそれだけでは問題は終わらず、部隊を派遣している陸自が、情報公開請求を受けた時点で日報を行政文書として保有したにもかかわらず、個人文書であるとして隠ぺいしていたことがわかった。

動機は、「情報の保全や開示請求の増加に対する懸念により日報が該当文書から外れることが望ましい」と判断したからとされている(防衛省防衛監察本部2017年7月27日付「特別防衛監察の結果について」)。