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日本の子どもたちを苦しめる「生きづらさ」の本当の正体

なぜ感受性の高い子が不登校になるのか

私たちの生活を一変させた、新型コロナウイルス。同調圧力や「自粛警察」など、日本人の抱える「横並び」の思想が一斉に顕在化しました。そんななか、大きなストレスがかかる子どもたちとどう接していけばいいのか。

20年近く前に出版され、現代を予見したような内容が書かれた吉本隆明氏『ひきこもれ』(20年9月に新装版が刊行)から、「不登校生」に向けた熱いメッセージを紹介します。

 

教室に流れていた嘘っぱちの空気

不登校について考える時にぼくがいつも思い出すのは、子どもの頃、教室に流れていた嘘っぱちの空気です。

偽の真面目さ、偽の優等生、偽の品行方正――先生が求めているのは、しょせんそういったもので、見かけ上だけ、建て前だけ申し分のない生徒でいればそれでいいのです。

生徒のほうも小学校高学年くらいになるとよくわかっていて、「それに合わせればいいんだろう」と思って振る舞っている。ぼくはそれを「偽の厳粛さ」と呼んでいますが、とにかく先生と生徒の両方で嘘をつきあって、それで表面上は何事もなくうまくいっているような顔をしているという、そういう空気がたまらなく嫌でした。

嘘は誰でもつきますが、嘘をつきあって、それでいて真面目で厳粛であるというのは、いくら子どもでも耐えがたいわけです。だから、学校というのはなんて嫌なところなんだろうと思っていました。

実際、小学校高学年から中学校くらいにかけて学校に行くのがきつくてたまらなくて、よくさぼっていました。いわば不登校的な要素の強い生徒だったのですが、それは「偽の厳粛さ」のせいです。授業と授業の間の休み時間、ぼくらの頃は遊び時間と言っていましたが、あの時間が唯一、息苦しさを緩和してくれる要素でした。あれがなければ、ぼくだって相当おかしなことになっていたと思います。

だいたい、教室の中で勉強がよくできるなんていうのは、偽の頭のよさだということくらい、ほとんどの生徒はわかっています。