野球選手の父、野球を諦めたときの思い

「以前、テレビで銀杏BOYZの峯田(和伸)さんが、『今までで一番感動したライヴは、地元の友達が、仲間にありがとうを伝えたくて歌ったカラオケだ』って話していて、それって究極の感情表現だと思いました。日々の暮らしの中で友達のために涙する時と同じ気持ちで役を演じられたら、最強ですよね(笑)。“芝居は嘘をつくことだ”っていう人もいますけど、僕は、湧き上がる感情を“お芝居”にしたくない。全部、その瞬間瞬間での真実であって欲しいんです。まだまだ、その境地に達することはできないですけど、今は“できる”と信じてやるだけです」

撮影/篠塚ようこ

彼の口から発せられるエピソードには、切実さがある。でも、かといって堅苦しいわけではなく、少年が、新しい何かに出会ってときめく瞬間のような無邪気さが感じられて、聞いていてワクワクする。鈍感に生きた方がラクなこの時代に、こんなに真面目に生きていたら疲れそうだが、「疲れたことがない」と言えるのは、彼が考えたり感じたりしながら得られる“気づき”や“学び”を心から楽しんでいるからだろう。肉体だけでなく、心もしなやかで健やかなのだ。

「小さい頃からずっと、漠然とですが、『自分はなぜここにいるのか』みたいなことを考えるのが好きでした。父がプロ野球選手だったこともあって、小学校に入ると本格的に野球を始めたんですが、いざやってみたら、体を動かすことよりも考えることの方が断然好きだとわかってきた(笑)。ただ、野球は自主的に始めた手前、『やめたら自分の負け』みたいな変な意地もあって、『プロはもう無理だ』と思っていても、それを口に出せなかった。野球をきっぱり諦めたのは高校の時でした」

『終わりのない』で文化庁芸術祭新人賞を

熱血教師が出来損ないの野球部を立て直すドラマ『ROOKIES』が大ヒットしたのが、高校3年生の時。父親に認めてもらいたい。その一心で野球を続けていた少年は、「芝居で、たくさんの人の心を動かすことができたら、父親にも認めてもらえるんじゃないか」と思った。俳優を目指して上京し、20歳でデビューを果たしてから今年で10年。30歳の誕生日を迎える9月18日には、「山田裕貴30thSP生誕祭」として、CS・TBSチャンネル1で19時間にわたって過去の出演作やインタビュー番組が放送される。明石家さんまさんのVTR出演もあるらしく、彼がいかにエンタテインメントの世界で愛されているか。その秘密がわかる内容になっているようだ。そして、放送される作品の中には、昨年彼が主演し、文化庁芸術祭賞新人賞を受賞した舞台『終わりのない』も含まれる。

世界最古の文学の一つである「オデュッセイア」は、トロイア戦争の英雄オデュッセウスが、妻の待つ故郷への長い旅路の中、神々の嫉妬や助け、魔物との戦いを乗り越え帰還する物語だ。歴史と神話が地続きで、人間と神々が同居した世界を描いた大叙事詩「オデュッセイア」を原典とした前川知大さん書き下ろしの舞台『終わりのない』で、山田さんは18歳の主人公・悠理を演じていた。「自分はなぜここにいるのか」――。彼にとっての普遍的な問いの答えが、『終わりのない』を観たあと、心の中にぼんやりと浮かび上がったことをよく覚えている。あの、自分が生きているのが現代とも古代ともつかない浮遊感。その中で、ただ肉体が力強く脈打つことの嬉しさ。

誰もが“当たり前の日常とは何か”を見つめ直すことになったコロナ禍に、古代と未来とが往還し、日常と宇宙を繋げる旅を擬似体験できることは、きっと何らかの意味を持つ。

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