沼にハマって燃え尽きるまで

結局、どこも就職先が見つからなかったシズカさんは、九州の実家に戻る選択をした。大学院に進学してはどうかと言われ、法学部研究科に進学した。

「勉強には身が入らないから当然成績は悪いし、本当に、在籍してるだけでしたね。趣味のための短期・日雇いバイトをこなしながら、フィギュアオタクだけに縋り付いていました。掃除人もパン屋も塾の先生も、試食バイトもしました。シフトが選べたので、オタク活動にはうってつけで。当時は時給750円とかでしたねえ。

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給料が低くても、それは自分が頑張ってないからだし……と割り切っていました。友達にもフリーターが何人かいたので、比べてもなんとも思っていませんでした」

しばらくは院生とバイトの掛け持ちをしていたが、さすがに親に定職につくよう言われ、大学院を中退。なんとか地元駅ビルの販売・品出しの長期派遣の職を得て、30代前半まで働いた。この最中に、彼女に一世一代のオタ活イベントが訪れる。推しが、ヨーロッパで開催される大会を最後に引退することになったのだ。

「当初は、ヨーロッパに行こうなんて思ってませんでした。だって時給800円だし、貯金もなかったし……。でも、今後も来日はあると思っていたのに、その後は出場しないと彼女が言い切ったんですね。

我慢したいけど、やっぱりサイトを見ちゃうじゃないですか。日本でも人気選手なので国内の大会では席を取るのが一苦労なんです。でも調べたらチケットが全然残っていて。しかも300円くらいでキャンセル保険がついていたんです。

お金の算段がつかなかったら諦めればいいし……とまずチケットを確保し、そこから一生懸命お金をかき集め、遠征しました。総額50万円くらいはかかったでしょうか。ホテル代は現金で、チケットと飛行機代は半年かけた分割払いで凌ぎました」

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当時支払いに役立ったのが、シズカさんが勤めていた駅ビルが設定していた、クレジットカード勧誘の報奨金だ。1件200円で、毎月現金でもらえ、シズカさんは一番多い月で100件の勧誘に成功していた。

「封筒で貯めていたので、数万円はそれで払えました。あまりにも行き当たりばったりですね(笑)。でも彼女が最後の大会で、数年間怪我で悩んでいたのが嘘のような演技を見せて、優勝したんです。

その場で大泣きして、両隣の現地ファンに驚かれました。他国の女子選手を追いかけている日本人ってかなり少なかったので。今でもあの試合を観に行った、と他のファンに話すと『本当に幸運だね!』と言われます。

2週間、彼女のスケジュールをずっと追いかけて、朝6時の公式練習も観に行って。お客さんどころかマスコミもいなくて、見ているのが私だけって時間もありました。優勝した試合の後も、現地で彼女の特番やCMを見ることができて。本当、まるでオタク運のために仕事運を注ぎ込んでしまっているかのような時期でした」