「就職氷河期と重なってしまっていて、行きたいところになんて行けないのがわかっていたので、手当たり次第に受けるだけでしたね。

今の自分からしたら業界研究やスキル獲得などをしていればよかったと思うんですが、頑張るべきときに頑張れなかった理由の一つが、19歳の時にフィギュアスケートのオタクになってしまったことです」

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1982年生まれのシズカさんは、子供の頃から読書家。中高では自然な流れでライトノベルを読むようになり、「スレイヤーズ!」に夢中になっていた。アニメも観てグッズも買っていたが、卒業とともに第二部が完結。その心の隙間に入り込んだのが全くの別ジャンル、フィギュアスケートだった。

「ハマったのは2001年ですね。元々テレビでたまに観ていたのですが、翌年のソルトレークオリンピックを控えたタイミングだったので、選手たちも気合が入っているし、すごく盛り上がっている年だったんです。

そこで追いかける選手ができたら、なんとオリンピックと大学の試験期間が完全に被ってしまい。単位を落としまくって限りなくやばい状態になったのですが、熱が止められませんでした」

初めてファンになったのは、アレクセイ・ヤグディン。男子で世界初のゴールデンスラム(GPファイナル・欧州選手権・冬季五輪・世界選手権)を達成したロシアの選手だ。ソルトレークオリンピックの時期は彼の活躍の真っ最中で、シズカさんは初めて観た生の試合でヤグディンが目の前で優勝をしたのを機に、フィギュア沼にのめり込んでいった。

「演技はアーティスティックだけど『勝ちたい』という気迫をどこまでも持ち続けているところがすごく好きで。私がハマってすぐ、彼はアマチュアは引退したのですが、アイスショーでしょっちゅう来日するのを追いかけて、他の現役の選手の試合も見に行って、年4回は現場がありました。

高いチケットは2万5000円ほどしましたが、東京や大阪に行く旅費を含めても1現場10万円以内。試合以外ではお金がかかりませんから、当時やっていた学食バイトで、なんとかやりくりできていましたね。

家賃も光熱費も親の口座から引き落とされていたし、年金は学生猶予制度を使うことができたので、微塵も金銭感覚が身についていませんでした」

ヤグディンは2003年に引退したが、シズカさんのフィギュア熱はおさまらなかった。やはり芸術的な演技に定評がある女子選手に魅せられ、そちらを追いかけた。

「ヤグディンが引退した頃まさに就活をしないといけない時期だったんですが……周りの誰もうまくいっていなかったので足がすくんでしまって、前向きなやる気が出なくて、どこも受かりませんでした。

多分、氷河期じゃなくてもうまくいかなかったでしょうね。フィギュアを観る以外にやりたいことがなかったし、就活そのものが怖かった」