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植松聖はヒトラーに影響されたのか? マスコミが報じなかった「これだけのこと」

相模原障害者殺傷事件が僕たちに突きつけたもの【第10回】
映画監督・作家の森達也氏が3月19日、死刑判決直後の植松聖と面会した。2016年、入所中の知的障害者19人が殺害されたあの事件の深層とは何か? 「創」編集長・篠田博之氏へのインタビュー後編。

インタビュー前編はこちら: 植松聖の裁判が「死刑にするためのセレモニー」だったと言える理由 
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弁護人の顔が見えなかった

相模原事件の法廷は、過去に注目された大きな裁判と比べたとき、もうひとつの大きな特徴がある。弁護人の顔が見えないのだ。その名前もいっさいわからない。普通なら判決後に弁護団は記者会見を開くが、今回はそれもなかった。だから「弁護団について教えてください」と僕は篠田に言った。「ぜんぶで何人いるんですか」

「正式な数はわからないです。今回の弁護団はマスコミ取材に応じないし、名前や人数も公表していない。植松に聞いても、弁護団メンバーはそれぞれ一回だけ面会に来たらしいけれど、中心的な二人以外はよく知らないと言っていました。公判前整理手続きの内容なども、まったく聞いてなかったらしい」

「わからないと同時に、熱量が足りない弁護団という印象があります」

「うーん」と唸ってから、「これは推測だけど」と篠田は言う。「いくら弁護士とはいえ植松の犯行に心情的な同調は絶対にできないから、責任能力で争うことを方針にして、それ以外については距離を置くと考えたのかな、という気はしますね」

「植松は弁護団を解任しようとしましたよね」

「裁判が始まってからね。そもそも裁判が始まるまで弁護団と植松の関係は希薄だったから、裁判が始まって初めて、自分に責任能力がないことをあれほど強く主張することを知って驚き、それは我慢の許容範囲を超えてるってことで解任を考えた。裁判が始まってすぐに面会したときも彼はそれを強い口調で言っていて、しかも面会に訪れたマスコミに対しても同じことを訴えていた」

「TBSが報道しています」

「ただ、公判が始まってからの解任は簡単じゃない。三者で協議した公判前整理手続きがぜんぶひっくり返ります。面会のときにそう言いました。裁判所も認めないかもしれない。だから最終的には、自分の考えは弁護団の方針と違うということを被告人質問で表明すればいいのでは、とアドバイスして、それで彼も納得した」

 

「とにかく公判前に、植松とほとんどコミュニケーションができていなかった。それは弁護団のサボタージュですよね」

「サボタージュっていうかネグレクトっていうか。ただね、植松が面会でマスコミにみんなしゃべっちゃうから、ということも理由だったのかもしれない」

「なるほど」

「ただまあ、判決のときも弁護団の会見はなかったし、実は申し入れはしたのだけど、メディアに対しては一切拒否なんです」