CGで完全再現したらわかった! 元寇で押し寄せた蒙古軍船の弱点

船酔い続出で戦意喪失だった!?
播田 安弘 プロフィール

蒙古軍の船団と士気を"揺さぶった"対馬海峡の波

ところで、人間の耳には「傾斜」を感知する耳石と、「回転」を感知する三半規管があります。身体の傾斜や回転の信号を脳に送り、筋肉を制御しています。

【図】耳の構造耳の構造。3つの半規管で捉えられた身体の傾きや回転などの情報は、脳神経(内耳神経)を介して、脳に伝えられる Anatomy by gettyimages

このため耳石や三半規管は呼吸や循環器をつかさどる自律神経系と連絡していて、乗りものなどの揺れによって人体が加速度を受けると、これらを通じて自律神経が影響を受け、気分が悪くなったり、吐き気を催したり、食欲が減退したりします。船の場合は、揺れによって上下に加速度を受けて、船酔いになります。

船の揺れには、周期が短い振動(0.5〜80Hz)と周期の長い動揺(0.5〜0.1Hz)の2種類がありますが、周期の長い動揺のほうが、気持ちが悪くなる人が多いことがわかっています。

下のグラフは、船に1時間乗ったときの上下加速度と周期による嘔吐率の変化を示したものです。上下加速度の大きさは、自分の体重の何%の上下力が加わったかで示しています。

【グラフ】船に1時間乗ったときの上下加速度と周期による嘔吐率の変化船に1時間乗ったときの上下加速度と周期による嘔吐率の変化

0.1gなら10%です。これを見ると、船酔いは揺れの周期が4〜5秒付近で、上下加速度が0.1gくらいのときから生じていることがわかります。自動車は揺れ周期が1秒以下と短いので酔う人は少ないのですが、船の揺れは周期が長いので、多くの人が船酔いになるのです。

長時間の乗船については、ISO(国際標準化機構)が定めた乗り心地基準によれば、8時間乗船では揺れ周期3〜10秒の場合は、上下加速度は0.025g以下が推奨値となっています。自分の体重の2.5%以上の上下力が加わると船酔いするということです。また、長期間乗船するクルーズ船の基準は、上下加速度0.02g以下で、横揺れの角度は2度以下となっています。

【グラフ】ISO(国際標準化機構)が定めた乗り心地基準ISO(国際標準化機構)が定めた乗り心地基準

では、文永の役での蒙古軍船の揺れはどのようなものだったのでしょうか。

船の揺れを決めるのは、基本的には波の周期です。対馬海峡の11月の波周期は6秒(平均波高1.1m)です。上下加速度の大きさは、揺れの角度に比例し、揺れの周期の2乗に反比例します。揺れ角度より揺れ周期が短いと加速度は大きくなります。ただし、縦揺れは進行速度と波の方向によっても大きく変わります。また、船には固有の振動があり、これが波の振動の周期と近いと同調して、波の揺れよりも大きくなります。

加えて、半数以上の蒙古船が、波浪中の安定性に欠く波きり構造のない川船形状の船だったことも、揺れを大きくしたと思われます。

そうした蒙古軍船の揺れ特性も考慮して、船速3ノットで航行時の揺れの周期や上下加速度を、揺れの角度を波高1mと想定して算出すると、蒙古軍船は、長期間乗船の船酔い基準である上下加速度0.02g以下、横揺れ角度2度以下をいずれも超えています。したがって、蒙古軍船は航海中、凪のときを除けば明らかに船酔い発生領域にあったことがわかります。この状態で縦揺れが1時間も続けば、船に強い人でなければまず確実に船酔いになります。

蒙古軍船では、船員以外の兵士の多くは大陸系の人々だったことから、乗船経験が少なく、船には慣れていなかったと思われます。大勢が狭い船内に詰め込まれての長期間乗船では、船酔いの影響はさらに大きくなり、吐き気や嘔吐、食欲不振を強く引き起こしたと考えられます。

そのため兵士たちは体力を奪われ、博多上陸時には、控えめに見積もっても総兵員の3分の1ほどは、満足に戦うことができなかった可能性があります。対馬海峡と玄界灘は、蒙古軍にとって大きな難関だったのです。