「育ちがいい」とトクして「育ちが悪い」と損をする、この社会の現実

あるベストセラーから考える
熊代 亨 プロフィール

かくして人々は、『「育ちがいい人」だけが知っていること』のような書籍を買い求め、自分自身の所作や振る舞いを点検し、矯正するよう駆り立てられていく。

そうしなければ入試や就活や婚活で不利になってしまうに違いないからだ。

 

「育ち」に根ざした不公平な競争

書籍をとおして人々が所作や振る舞いを点検し、矯正するようになったのはもちろん今に始まったことではない。歴史を遡ると、約500年前、デジデリウス・エラスムスが記した『子どもの礼儀作法についての覚書』にひとつの起源をみることができる。

この『子どもの礼儀作法についての覚書』は、上流階級の子弟にふさわしい礼儀作法を解説するものだったが、活版印刷をとおしてブルジョワ階級(中産階級)の子弟にも読まれるようになり、当時のベストセラーとなった。この他にも様々な類書が次々に出版されてはベストセラーとなり、ヨーロッパじゅうに礼儀作法を広めていった。

洗練された礼儀作法は、社交場面で恥をかかないためにも、他人に不快感を与えないためにも是非とも身に付けておくべきものであると同時に、自分たちの卓越性や優越性を誇示するためのものでもあったから、親から子へ積極的に伝授された。そして親世代にとっては習得のために努力を伴った礼儀作法も、子世代には自然に身に付くものとなっていった。世代が後になればなるほど、ますます礼儀作法は洗練されていく。

こうした礼儀作法書ブームをとおして、これからブルジョワ階級の仲間入りをする人が適切な所作や振る舞いを学びやすくなった、という見方はもちろん可能だ。だがそれだけではない。ブルジョワ階級に必要不可欠な礼儀作法は親から子へ伝授されるため、世襲資産(この場合は文化資本としての世襲資産)の一部になった、という見方もまたできる。というのも、子ども時代に身に付いていなかった礼儀作法を大人になってから矯正するのは簡単ではなく、幼少期から身に付けてきた人のほうが優雅かつ自然に振る舞える可能性が高いからだ。