「育ちがいい」とトクして「育ちが悪い」と損をする、この社会の現実

あるベストセラーから考える
熊代 亨 プロフィール

所作や振る舞いも「能力」になる

と同時に、最近の入試や就活、婚活といった場面では、身に付いている所作や振る舞いが逐一チェックされるようになり、それ自体、選抜の指標とみなされるようになった。

身に付いている所作や振る舞いが逐一チェックされ、選抜の指標になったということは、直接的には出自や「育ち」が問われないとしても、生育環境のなかでどれだけ好ましいソーシャルスキルや生活習慣を身に付けてきたのかによって選ばれやすさが変わり、ひいては、年収や社会的地位が左右されるようになったということでもある。

 

社会学者の本田由紀は、著書『多元化する「能力」と日本社会』のなかで、バブル崩壊後の日本社会では、それまでの能力主義よりも多元的に能力を評価する、より複雑化した能力主義(ハイパーメリトクラシー)が台頭してきた、と指摘した。実際、入試でも就活でも婚活でも、たとえば学歴一辺倒な人材はあまり評価されなくなっている。協調性や創造性にも優れた個人、コミュニケーション能力にも秀でた個人が求められるようになり、受験生も就活生も婚活志望者も、そのことを理解したうえで選抜に勝ち抜こうとしている。

より複雑化した能力主義のもとでは、ありとあらゆる所作や振る舞いが能力のシンボルとして、または能力そのものとして評価され得る。たとえば、丁寧なあいさつや適切な身だしなみ、季節の行事を楽しむ感性なども、能力のシンボルとして、または能力そのものとして評価の対象になり得る。

それらは業務能力に直結しないとしても、円滑にコミュニケーションできる人物や、快適で文化的なオフィスにふさわしい人物を連想させる。目上の人との宴席で悪い印象を与えるおそれの少ない人物や、機知や心遣いが求められる場面をこなせる人物をも連想させるかもしれない。入試や就活の面接官はこうした特徴を見逃さないようにしなければならないし、入試や就活に臨む側は、できれば、こうした特徴をアピールできなければならない。

『「育ちがいい人」だけが知っていること』が売れている背景として、こうした、より複雑化した能力主義の浸透を念頭に置いておく必要がある──ありとあらゆる所作や振る舞いを評価する目線が、ハイソサエティな人々だけのものから、一般的な就活や婚活の場面にまで浸透し、評価する側はもちろん、評価される側までもがそのことをわかっているからこそ、あらゆる所作や振る舞いを点検し、矯正しなければならなくなったのである。