【戦争秘話】終戦後、命がけで残留日本兵の捜索に当たった男がいた!

父は、二・二六事件で命を狙われた首相
神立 尚紀 プロフィール

投降後、米軍の命令で残留将兵捜索の任に

9月上旬のある日、岡田は突然、理由も告げられないまま米軍の輸送機に乗せられ、ふたたびセブ島に送り返された。そして数日後、朝食を待っていたところを呼び出され、またも理由を知らされないまま、こんどはトラックの荷台に乗せられる。同乗するのは米軍の軍曹(下士官)と、7、8人の兵、それに現地人の案内人である。

「われわれはどこに、何しに行くんだ」

岡田が聞くと、米軍の軍曹が、知らなかったのか、という顔をして、

「山の中に残っている日本兵を収容に行く」

と答えた。

山中になおも潜伏する日本軍将兵に終戦を知らせ、投降を呼びかけるのだという。タクロバンの捕虜収容所で、米軍将校に傷病兵の救出を直訴したことから、岡田がこの役に選ばれたのかもしれなかった。

それから岡田は、米兵とともに、どこにいるかもわからない日本軍将兵を求めて、何度もセブ島の山に分け入ることになる。捜索行は、一度に三日ぐらいのこともあれば、一週間を超えることもあった。

――冒頭のシーンは、そんな捜索行でのひとコマである。

「なんだ、犬か」

がっかりしてその場を離れた岡田が、腕時計を見ると、午後2時をまわっていた。急に空腹を感じた。朝7時にキャンプを出たのだから、腹が減るのも当然だ。案内人が、この下に川があると言うので、そこで飯にしようと、一行は急な坂道を下り始めた。すると、どこからか、かすかに人の話し声が聞こえる。日本語らしい。岡田は振り返ると唇に人差し指をあて、米兵たちに静かに立ち止まるよう、身振りで伝えた。

 

気づかれないよう、声のする方向へそっと近づく。間違いなく日本語である。2、3人いるようだ。声は、坂道の左側の窪地から聞こえてくる。岡田はすぐ傍らまで近づいて、

「日本軍か? 戦争は終わった。迎えにきたぞ」

と言い、道からストンと飛び下りた。窪地には男が3人、さして驚いた様子もなく振り返り、岡田を見つめている。陸軍の兵だった。それぞれ髪も髭ももじゃもじゃに伸びてはいるが、服は川で洗濯をしているらしく、ところどころ繕った痕はあるものの、こざっぱりとした身なりをしている。ここ2ヵ月半、米軍も攻めてこず、住民に発見されることもなく、平穏な日々を送ってきたようだった。

「海軍三十三特根(特別根拠地隊)副官・岡田主計少佐だ。8月15日に戦争は終わった。山中に残る将兵を迎えにきたのだ」

3人は、岡田の言葉を、ある程度は信用してくれたように見えた。彼らによると、近くの洞窟にはあと8人の日本兵がいて、先ほど、岡田が茶色い犬を人間と見間違えて怒鳴る声を、洞窟で一緒に聞いていたと言う。

ところが、彼らは戦争が終わったことを知らず、岡田も、日本海軍の戦闘帽と草色の第三種軍装の上衣は着ているものの、下は米軍のダブダブのズボンとコンバットブーツ、士官なのに長剣も佩用しない丸腰の珍妙ないでたちである(海軍士官は、屋外では紺の第一種、白の第二種軍装のときは短剣、第三種軍装のときは長剣を腰にさげる)。怪しまないはずがない。

「変な日本の将校みたいな男が米兵と一緒にやってきて、出て来いと叫んでいる。これは、投降して捕虜になった者が、米軍から強要されて、投降を呼びかけにきたのに違いない。生きて虜囚の辱めを受けず、誰が投降などするものか。もしまっすぐ近づいてきたら、一斉射撃して、ヤツを米兵もろとも蜂の巣にしてやろう」

と、11人が物陰に隠れ、銃の安全装置を外して狙いを定めていたのだ。もしあのとき、犬だと気づいてその場を離れることなく、まっすぐ近づいていたら、岡田も米兵たちも狙撃され、間違いなく死んでいただろう。考えてみれば、犬は人間のいないところにいるはずがない。冷や汗が流れた。危険は覚悟していたが、やはり、戦争が終わってから死ぬのはいやだった。