安倍晋三首相が体調不良を理由に退陣することを表明し、誰が後継者として選ばれるかが話題となっている。
筆者は「日本的ナルシシズム」という観点から精神分析の知見を参考に日本社会が持つ深層心理のありようについての分析を行なってきた。
そこで、一つの象徴的な存在であった「安倍首相」が降りるこのタイミングで、「安倍政権とそれを支持した日本社会の深層心理とはどのようなものであったのか」についての分析を行ないたい。
第二次安倍政権については、次の3つのポイントが重要だと考える。
(1)「日本的リベラル」の持つ影響力と意図的に対決し、それを屈服させる試みを継続し、一定の成功を収めたこと。
(2)その対決は、「力と力」のぶつかり合いとして行なわれたこと。しかしその経緯についての記録を残して検証を行なうことには消極的だったこと。
(3)現在の日本を巡る困難な状況の中で、「起きている事態」への巧みな対応を継続した点は大いに評価されるべきであるが、将来へ向けた構想・ビジョンを打ち出し、それに国民が共感するという状況にまで至らなかったこと。
まず(1)についてである。かつて私は、「原発事故から6年、都合の悪いことを黙殺し続ける私たちの『病理』」という記事で、2011年の東京電力福島第一原子力発電所事故と関連して、日本社会の深層心理には次の「系列1」と「系列2」の分裂があることを指摘した。
系列1:「良い原子力」=「強大なエネルギーとそれを保持したい願望」=「国策と伝統の正しさと無謬性」=「経済的な優位性の確保」=「原発事故の否定的な影響、特に放射線による直接的な健康影響の否定」=「帰還」=「原発再稼働」=「保守」
系列2:「悪い原子力」=「強大な破壊力とそれを穢れとして払いたい願望」=「国と権威者たちによる失敗と迫害の事実の隠蔽」=「経済的な搾取と格差の拡大」=「原発事故の否定的影響、特に放射線による健康影響の強調」=「避難」=「反・脱原発」=「リベラル」
この中には本質的に異なる話題が含まれている。しかし、少なくない日本人が無意識的な感覚の水準で、それぞれの系列をひとまとまりに体験しており、課題ごとに分別して判断を行なうことが困難になっている。これらのイメージ群に、憲法や自衛隊や沖縄などの問題も連動する。
その前提の上で、「系列1」の持つ権力の圧政を、虐げられた「系列2」に属する者が告発し、「系列1」に一矢を報いるというストーリーが非常に好まれ、強く支持される傾向が強く、現在でも一部は継続している。