photo by Gettyimages

もはや威嚇レベルではない…中国は尖閣を台湾問題とセットで見ている

拡張主義を前に迫られる日本政治の覚悟

無理やり作り出した領土問題

毎年8月になり、中国漁船の東シナ海での操業が解禁になると、「またしても中国漁船が大挙して尖閣諸島に押しかけてくるのではないか」と言う不穏なニュースがテレビに流れる。2016年8月5日、200隻から300隻の中国漁船が、大挙して尖閣諸島周辺に来襲した。その悪夢のような記憶が国民の中に残っているのである。

photo by Gettyimages

この漁船の大群を追うようにして、中国の巡視船が大挙して尖閣諸島周辺の接続水域、領海への侵入を繰り返した。あの年、8月5日から9日にかけて領海に侵入した中国公船はのべ28隻に及ぶ。8月8日には最大15隻の中国公船が尖閣諸島周辺の接続水域で視認された。

これほど大規模な中国漁船団と巡視船艦隊に尖閣周辺水域に来襲されて、「示威行動のような政治的意図はない」と言われても、「はい、そうですか」と簡単に信じられるものではない。

当時、政府部内にいた私は、1978年4月から5月にかけて、日中平和友好条約締結交渉の最終段階で、夥しい数の中国漁船が尖閣諸島周辺に蝟集し、のべ357隻が領海に侵入し、123隻が不法操業した事件を思い出していた。

交渉の過程で、中国は、鄧小平の立場に従い、「尖閣諸島をめぐる問題は棚上げする」と主張していたが、日本政府は、中国が尖閣に対する領有権を主張し始めたのは1969年に国連が石油埋蔵の可能性を示唆してからにすぎず、「尖閣を巡る領土問題はそもそも存在しない」と突っぱねていた。

業を煮やした中国政府が、恐らく尖閣を巡る領土問題を、実力で物理的に作り出そうとしたのだろう。

 

今では蒋介石日記等の研究から、第2次世界大戦中にカイロ首脳会談でルーズベルト大統領に対して沖縄を要求しなかったことをずっと後悔していた蒋介石中華民国(台湾)総統が、米中国交正常化によって米国に切り捨てられかかった折、せめて石油が出そうな尖閣諸島くらいは中華民国の領土として要求しておきたいと考えて領有権主張を始め、それに中華人民共和国が乗ってしまったというのが本当の経緯らしいと言うことになっている。