大坂なおみ選手の「棄権」とは何だったのか、日本で報じられない「抗議の背景」

BLM運動、そして歴史との関わり
坂下 史子 プロフィール

大坂を含む最近のプロスポーツ選手の抗議行動を「棄権」や「ボイコット」と表現することに対しては、すでに一部の海外メディアがその問題点を指摘し、「ストライキ」という表記に改めている。つまり、各スポーツに従事する「労働者」が、自らの労働環境に直接影響を及ぼすアメリカの社会状況に異議を申し立て、行動を起こしたというわけだ。

NBAやMLBなどのチームスポーツ選手の抗議とは異なり、大坂は女子テニス協会の支持があったとはいえ、独りで声を上げており、相当な勇気が必要だったはずだ。日本での反応は賛否両論で、否定的なコメントも多かったが、アメリカではスポーツ選手が人種差別に抗議するのは特別なことではない。今回の出来事を理解するには、人種問題をめぐるアメリカの歴史的・社会的文脈を知ることが重要になる。

 

黒人アスリートの抗議行動

大坂選手が「同じ話題を繰り返していることに疲れ切っている」とSNSで吐露したように、アメリカの黒人は、過去5年だけを見ても、白人の約2.5倍の比率で警察に殺されている。しかも加害者の警官が法の裁きを受けない場合も多い。全米オープンテニスの初戦で大坂が着けていた黒いマスクには、黒人女性ブレオナ・テイラーさんの名前が白く印字されていたが、今年3月にケンタッキー州のテイラーさん宅に押し入り、就寝中の彼女を射殺した警官は、いまだに逮捕されていない。

アメリカでは、このような刑事司法制度における不当な扱いだけではなく、教育・医療・所得の格差、雇用・住宅の差別など、黒人に生まれただけで不平等に直面し続けなければならないような社会の仕組みが、奴隷制の時代から現在まで存続している。こうした人種差別の構造改革を求めているのがBLM運動である。

5月25日にミネソタ州で黒人男性のジョージ・フロイドさんが警官に拘束死させられた事件を契機に、米国内外で大規模なBLM運動が行われたことは記憶に新しい。その際にも数多くのアスリートがチーム単位や個人でデモ行進に参加したり、SNSを通じて抗議を表明したりした。大坂も6月2日に恋人の黒人ラッパー、コーデーと現地を訪れ、デモや追悼の場に参加したほか、ロサンゼルスのデモ行進にも参加している。