戦力外通告された元プロ野球選手の息子が「スーパー中学生」になっていた…!

大阪桐蔭、横浜高校も注目する「天才」
赤坂 英一 プロフィール

人生の逃げ道

この顛末を、剛はこう自己分析している。

「結局、野球人生の土壇場で、堅実にやっていくのが一番だという考えに傾いてしまったんです。最後の最後で、子供のころから身に染みついた公務員体質が出てしまった」

これが、「人生の逃げ道に走った」ということである。

もっとも、堅実な人生を歩むこと自体は、別に悪いことではない。巨人を解雇された02年に生まれた最初の子供、長男の将輝には、野球をさせながらも、やはり世間並みの人生を送らせたい、と剛は考えた。

父の勧めを受け入れた長男は桐蔭学園の3年生で、来年から父と同じ武蔵大学へ進んで金融を専攻する予定だ。「大学を出たら銀行員になってほしい」と剛は言う。

 

しかし、これからプロ野球を目指す次男の小野には、兄とはまったく違う人生を歩んでもらわなければならない。勝負の世界へ足を踏み入れる前に、もっと堅実な生き方もあるなどといまから考えているようでは、自分と同じように失敗するのは目に見えている。

小野は長男の3歳年下で、剛が西武に在籍していた05年に生まれた。最初は2000gにも満たない未熟児だったが、約3カ月後、母乳からミルクに切り替わり、200㎖のボトルを毎日2本飲んで、急速に体重が増え始めた。「そのころは(元横綱の)朝青龍によく似ていました」と剛は笑う。

本格的に野球を始めたのは、小野が幼稚園の年中組だった5歳のころからである。剛に連れられ、兄の将輝が入団していた少年野球チーム、泉ホワイトイーグルスの練習や試合を見に行くうち、自然とボールやバットに馴染んでいった。当時から同年代の子供よりも一際身体が大きく、小学4年生以下の大会、U4(アンダー4)ジュニアカップの試合に出場させてもらえるようになる。

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