戦力外通告された元プロ野球選手の息子が「スーパー中学生」になっていた…!

大阪桐蔭、横浜高校も注目する「天才」
赤坂 英一 プロフィール

西武での「3年目の出来事」

神奈川県の桐蔭学園へ進学し、武蔵大学を経て2000年秋のドラフト7位で巨人に入団した。当時の剛の体格は、身長187センチメートル、体重94キログラム。のちに息子の勝利に受け継がれる体格のよさが、剛の自信の源でもあった。

しかし、巨人では2年間で一度も一軍昇格できず、原辰徳監督が就任1年目で優勝した02年、戦力外通告を受けた。日本ではほかに拾ってくれる球団がなく、03年はイタリアに渡ってセリエAに所属するT&Aサンマリノで現役生活を続ける。その年のシーズンオフ、伝手を頼って西武にテスト入団を果たした。

西武ではリリーフ投手として初めて一軍のマウンドに上がり、3年間プレーしている。剛が「人生での失敗」と表現しているのは、西武での3年目の06年だ。

剛が任されたのは、もっぱらリードされた試合の中継ぎや敗戦処理だった。本当なら、さらに上の役割を目指して努力を重ねるべきなのに、ここで満足してしまったのである。

 

「サンマリノでは、とにかくもう一度日本のプロでプレーしたいと、必死でした。いつもがむしゃらに、捨て身になって野球をやっていた。それが、西武のブルペンに居場所が見つかると、妙に居心地がよくて、ここであと何年か、うまいことやって食っていこう、と考えるようになっていたんです」

気持ちが緩むと、一軍の主力投手のように見映えのいい投球をしたい、という妙な欲が沸いた。がむしゃらで捨て身の姿勢を失って、剛の投げる球は力と勢いを失っていく。あげく、守備練習の最中に突然イップスを発症し、ついに野球を諦めざるを得なくなった。

関連記事

編集部からのお知らせ!

おすすめの記事

ABJ mark

ABJマークは、この電子書店・電子書籍配信サービスが、著作権者からコンテンツ使用許諾を得た正規版配信サービスであることを示す登録商標 (登録番号 第6091713号) です。 ABJマークについて、詳しくはこちらを御覧ください。https://aebs.or.jp/