シェアは92.2%!Google検索が世界一になった理由とは??

日常化したメディアとしての「プラットフォーム」
宇田川 敦史 プロフィール

PageRankの「イノベーション」

ペイジとブリンは、コンピューター・サイエンスの世界においていわば「第二世代」ともいうべき存在であった。

ペイジの両親はいずれもコンピューター・サイエンスの学位をもち、幼少期からコンピューターに触れて育った最初の世代といえる。また、ブリンの母親はNASAの研究者であり、父親は数学者だったという。

ブリンは、当初研究テーマとして、投票方式による映画のレイティング・システムを構想していた。このことは、スタンフォード時代のブリンの自己紹介Webページに、今も残されている。

一方ペイジは、Webのリンクという構造のもつ数学的な特性に関心があったという。ブリンもペイジも、当初から検索エンジンを作ろうとしていたのではなく、一般ユーザーによる投票やリンクという行動を利用して、何か役に立つシステムを作ることに関心があったのである。

 

学術論文にヒントを得る

関心が合致したペイジとブリンはスタンフォード大学で、Webページ上にユーザーが注釈やコメントを残すためのシステムを開発するプロジェクトを共同で進めた。これは検索システムというよりも、今日のブログやSNSでみられるコメントやシェアの機能、あるいはWikiのような共同編集機能に近い構想であり、Webの生みの親であるティム・バーナーズ・リーの理想を引き継ぐものでもあった。

「ウェブの父」として知られるティム・バーナーズ・リー(Photo by gerryimages)

このときペイジは、コメントの掲載可否の判断や、その並び順をどう決定するべきかという問題に当たる。ここで必要になったのが、Webページのランクづけをするためのシステムであった[2]

ペイジは、Webページをランクづけするために、学術論文の引用関係をヒントにすることを思いついた。これは、学者一家に育ったペイジにとっては自然な発想だったという[2]。ペイジとブリンのアイディアは、学術論文が引用することと、Webページがリンクをすることを、同じ「投票」として扱い、Webページ同士のリンクのネットワークからWebページのランキングを評価するというものであった。

[2]        Levy, S. (2011=2011) In the Plex: How Google thinks, works, and shapes our lives. Simon & Schuster. (仲達志・池村千秋 (訳) 『グーグル ネット覇者の真実 : 追われる立場から追う立場へ』阪急コミュニケーションズ)