誰もが生きやすい社会に向かって

日本で差別が軽視、また放置される傾向にある背景には、人権や国際社会に関する教育の不足、そして以前も記事〔「学歴社会」なのに「教育を軽視」する日本の問題〕で述べたように、社会を動かす力を持つ立場にある高学歴者やマジョリティ層の社会に対する関心の薄さなどがあるのではないかと考えている。だがどんな理由があろうと事実としてあるのは、日本は憲法によって多様な背景を持つ人々に対して法の下の平等が約束された現代国家であるということ、そして、その約束されたはずの平等が達成されていないということだ。

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もちろん、差別は日本だけでなく世界のあらゆる地域に存在している。だからこそ、BLM運動をはじめ世界で多くの人が真剣に差別撤廃に取り組んでいる。それは世界の「流行り」だとか「欧米の真似」だとかそういう話ではなく、前述したように人間の尊厳の問題であり、奴隷制度や虐殺など悲しい歴史の末に人間が辿り着いた一つの希望である。

差別をなくすことは、社会に生きる全ての人の尊厳が平等に守られるということだ。そしてそのような人々がお互いを尊重し支え合える社会を実現することは、自分を含め全ての人の生活が守られることにもつながる。

政治の混迷と共に、コロナ禍により経済が低迷するいま、生活が守られるありがたみを身に沁みて感じている人は少なくないだろう。全ての人の生活を守る社会に一歩でも近づくために、私たちは目の前にある差別を放置してはいけないのだ。