日本では人種差別以外にも、差別を軽視する発言がよく見られる。それは、「○○だってつらい」という発言に象徴される。女性差別を訴えれば「男性だってつらい」。私がSNSで吃音障害を抱えて生きるつらさを告白する際も、「誰だって何かのつらさを抱えている」と反論されることがよくある。
私はこれまでアメリカと欧州で暮らした経験があるが、吃音を告白した際、日本以外の国で“他のつらさ”によって口を塞がれた経験はない。

「差別の抑止力」を失ってはいけない

もちろんこのような差別に無理解な意見はあくまで「一部のもの」である。日本から上述の大坂選手の決断を支持する声も多く寄せられていた。しかしたとえ一部であったとしても、このような意見を社会が傍観し放置してしまうと、差別に苦しむ人を孤立させるだけでなく、ヘイトスピーチなど人の尊厳を傷つける行為に対する「抑止力」を失う危険がある

黒人にルーツを持つ立場から人種差別撤廃を訴える大坂選手に対して、差別に無理解な批判を浴びせるだけでなく、あろうことか「日本人じゃない」という人種差別ど真ん中のヘイトスピーチをぶつけるという今回起こった事態は、日本社会からこの抑止力がなくなりつつあることを示す危険な兆候ではないだろうか。

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言うまでもないが、日本人であることに人種や性別、また思想など、その人の背景は関係ない。日本国籍である大坂選手は紛れもなく日本人である。その大坂選手に対して、黒人というルーツがある事に関連して「日本人じゃない」「日本人っぽくない」などと意見することは、まさに彼女をはじめ世界中が闘っている人種差別の典型である。日本が人種差別を容認しない社会を目指すのであれば、このようなあからさまな差別を社会として放置してはならないと思う。