世間体が優位となった親子関係

この世間体の戒律が作用するのは、新型コロナだけとは限りません。特に近年は親子の関係性のなかでさえ世間体が優位を占めています。たとえば2018年の春、5歳の女の子の虐待死事件が起きました。女の子は両親から毎朝4時に起こされては平仮名の練習をさせられ、モデルにするためだと、食事もろくに与えられなかった。

この両親は結局、自分の娘がどんな性格の子で、そのとき何を訴え、どんな気持ちでいるかを慮ることより、娘を世間から高評価を得られるような人間にさせることしか考えていなかったのです。それは娘への愛情からの行動ではなく、「子育てに成功した自分たちが世間から評価されたい」という承認欲求に基づくもので、娘を使って群れから認められることを目指していた。まさに子どもの人格を無視した虐待です。

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虐待死までいかなくても、子どもより世間体が優先されることは、日本の家庭でしばしばあることだと思います。

たとえば学校で自分の子がいじめられて帰ってきたとします。大多数の親はまず「どうしていじめられるようなことをしたの?」と子どもに聞く。それはすなわち「あなたのほうが学校という世間に背いたのでは?」という意味で、その時点で親は子どもにとっての敵になる。いわば自分をいじめた一味です。親はもう、苦境に追い詰められた自分を無条件で助けてくれる存在ではなくなってしまうわけです。