海外で子育て」。この言葉を聞いてどのような印象を持つだろうか。私たち夫婦(共に日本生まれ日本育ち)は現在オーストリアで子供2人を育てているが、日本で子育てをする知人からは「子育てしやすそうでいいね」と言われることが多い。

実際にこちらで子育てをしていると、国からの支援は充実しているし、以前、「子育てがつらい国、日本。皆を苦しめるその『空気』の正体」という記事にも書いたが、日本で子育てをしている時に感じていた「親は子供が社会に迷惑をかけないように管理すべき」という空気もなく、社会に望まれているという安心感の中で子育てができる。

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このような「親側の視点」からの前向きな海外の子育て情報はメディアでも近年よく取り上げられるようになった。しかし上の子が10代半ばに差し掛かった今、私たち家族は、日本ではまだ取り上げられることが少ない「海外で育つ子供側の視点」からの様々な悩みに直面している。中でも特に、海外で育つ子供に対する日本の「排他性」への悩みは深い。

将来、日本にだけは住みたくない

私たち家族は、上の子の就学前にアメリカに渡り約3年間過ごし、その後オーストリアに渡りもうすぐ6年になる。その間に上の子はアメリカとオーストリアのプリスクールや公立学校に通い、アメリカで生まれた下の子も今はオーストリアの幼稚園に通っている。

オーストリアの学校教育では、Volksschuleという日本の小学校に当たる4年制の学校を卒業後、Gymnasiumという8年制の学校に通う。オーストリアのGymnasiumは日本の中学や高校よりも専門性が強く、必修科目を中心に学ぶ前半の4年間を終えると、残りの4年間で将来を見据えたより専門的な内容を自ら選択して学んでいく。また義務教育は前半の4年間までで、前半で卒業して具体的な将来に向かう人も少なくない。

このようにオーストリアでは子供が10代前半の時点で自分の将来について真剣に考え始めるシステムになっており、その中で上の子もこれから何を学び、将来はどう生きたいのか考える日々を送っている。上の子のそんな姿を見て、親としても1人の大人としても嬉しく感じているが、将来という部分に関して私は一つ複雑に感じていることがある。

上の子は、学業や仕事のために将来住みたい土地の選択肢として、日本だけはないと明言しているのだ。