心の病に対する理解が深まった

「お気の毒なことではありますが、雅子さまがご病気になられたことで、心の病に対する理解が深まったことは間違いありません」

ある臨床心理士はそう語る。たしかに、雅子さまが帯状疱疹になった2003年前後をふりかえると、まさに「心の病」がようやく問題視されはじめたばかりだった。

厚生労働省のHPを見ると、1999年に自殺件数の増加などを受け、自殺の要因と職場の環境が結び付けられるようになったことがわかる。9月14日付で「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」と名付けられた「精神障害等に係る労災認定」の指針が作られた。

そもそもストレスとは「外的要因」「内的要因」がある。外的要因とは寒暖差や騒音といった問題や、人間関係などの周囲の環境の変化などがある。内的要因は健康不安や怒り・憎しみ・寂しさなどだ。その「外的要因」、つまり現在でいうモラハラやセクハラ、過重労働の存在がはっきり認識され始めたのが1999年だったということになる。

2002年3月に公開された、梅林を散歩される皇太子ご一家の写真。産後すぐの12月に、東宮大夫が秋篠宮家に3人目のお子さんをお願いしたい要望があると会見で言うなど、産後も女児だったことでのプレッシャーは続いていた 写真提供/宮内庁
2002年11月、皇太子殿下が兄のように慕っていた高円宮憲仁親王がスカッシュの練習中に倒れて急になくなるという悲しい出来事もあった Photo by Getty Images

2000年に公表された「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」にはこう書かれている。
「労働者健康状況調査によると、仕事や職業生活で強い不安、悩み、ストレスを感じている労働者の割合は年々増加し、平成4年の調査で約57%であったものが、平成9年の調査では約63%に達している」
それだけ多くの人がストレスにさらされており、心の病がすぐ近くにあることがようやく明らかになってきたのだ。

前出の臨床心理士はこう語る。「それまで、心の病は弱い人がなるものだ、という意識もありました。雅子さまがご病気になられたことで、いかに優秀な方でも様々な要因で病んでしまうと正しく病気について認識されるようになったのです」

指針が改訂され、メンタルヘルス指針」として定着したのは、2006年のことだった。雅子さまが心の病に苦しんだのは、心の病に対する理解が発展途上にあったその時代だったのだ。

その中で、「全力でお守りします」という言葉を実践され、雅子さまを支え続けたのが、当時の皇太子殿下だったのである。