令和の天皇陛下が126代天皇として皇位継承をしてから1年4ヵ月。天皇皇后両陛下のお人柄は、私たちを魅了してきた。雅子さまについては、漫画家で小説家の折原みとさんが多くの資料を読み、「漫画家が見た雅子妃」という連載でバッシングも含めて詳しく伝えてきた。メディアとしても、国民としても、雅子さまを苦しめてしまったバッシングから目を背けず、その背景をきちんと認識し、同じようなことを繰り返さないことが大切だと感じさせられる。

前回の記事では、お世継ぎ問題に苦しめられた状況と、不妊治療や出産の繊細さがまだ周知されなかった時代、キャリアと子育ての両立がまだ少数派で、少子化社会対策基本法も定められていなかった時代背景をお伝えした。
今回は、いまなお日本が世界の中でも理解や制度が遅れていると言われている「心の病」に苦しんだ時代背景をお伝えする。

2003年12月に帯状疱疹に

折原さんの連載第5回では「雅子妃を守るため…漫画家も衝撃!皇太子『人格否定発言』に至るまで」第6回では「バッシングの嵐の中…漫画家も感動・雅子妃に差し伸べられた『救いの手』」と題して、雅子さまがどのように心の病と闘ってきたか、周囲の理解が足りなかったかを詳しくお伝えしている。詳細はそちらの記事に譲るとして、こちらでは雅子さまの病と、その当時の心の病に対する認識をふりかえってみよう。なお、呼称表記は時代に合わせたものとする。

雅子さまの体調不良が報じられたのは、2003年12月のこと。帯状疱疹を患ったことが発表された。帯状疱疹は水疱瘡と同じウイルスによって身体に強い痛みを伴う発疹が出る。主に疲労やストレス、加齢で免疫力が低下すると生じやすい病気として知られている。雅子さまはこのとき、春までご公務をお休みすることになった。

2013年12月1日、愛子さま2歳のお誕生日に天皇皇后両陛下のもとへ向かう皇太子夫妻。このわずか2日後に…Photo by Getty Images

帯状疱疹の治療には抗ウイルス剤や鎮痛剤が用いられることが一般的だが、その原因がストレスであることも多く、時に精神科に受診し、抗うつ剤などによる治療が必要な場合もある。しかし原因が心の病だと認識しなければ治療はできない。また、そして心の病の原因となるものが変化しなければ、良くなりようもない。しかし、雅子さまはこのとき、希望しても精神病の専門家を受診することはできなかったという。

当然ながら、ストレスは一朝一夕で溜まるものではない。雅子さまはキャリアを生かした皇室外交をしようと皇室に入る決断をしながらも、お世継ぎを産むためにご公務を制限され、海外のメディアから「籠の中の鳥」と言われる状況だった。不妊治療の際の国家的マタハラともいえる周囲からの圧力など、長年の蓄積で身体が悲鳴をあげ、帯状疱疹という形で出てきたのだろう。

2002年12月にニュージーランドとオーストラリアへの公務にでかける皇太子夫妻。2001年12月に出産し、産後2ヵ月で公務に戻っていた Photo by Getty Images