『女たちの韓流』を読むと、ジェンダー平等やフェミニズムのテーマを正面から扱う骨太なドラマが1990年代からたくさんあったことを知り感嘆すると同時に、この頃から韓国と日本のドラマにおいてジェンダー意識に差があったことを痛感する。

1999年、金大中政権下で「男女平等放送賞」が作られた(P68)エピソードも興味深かった。「両性平等の実践と認識の向上に寄与した優秀な放送番組を発掘し、授賞と広報を通して両性平等意識を広める」目的だという。

要するに、韓国エンタメ界では社会の性差別問題を正面から見据え、フィクションとして問題提起する試みの厚い蓄積があるのだ。「戸主制」のような制度化された性差別をドラマが描いて世論を喚起したことも象徴的だ。

『愛の不時着』は一日にしてならず

『愛の不時着』は、男女平等を求める闘いをドラマに取り込むことが当然となった文化の中で生まれた秀作と考えられる。それがNetflixという国境を超えるプラットフォームを通じて、日本を始め、東南アジアやアメリカ、オーストラリア等でも高評価を受けて大ヒットした。

結論はシンプルだ。「『愛の不時着』は一日にしてならず」。日本のドラマ制作において、男尊女卑的ではない男性像女性像を描くことが近い将来、当たり前になり、あらゆるジャンルにジェンダー視点が入ってきた時におそらく「日本版 愛の不時着」が生まれる可能性が出てくるのではないだろうか。日本では2016年に家事労働の経済価値を認めるべき、というメッセージを打ち出した『逃げるは恥だが役に立つ』が話題になったが、このようなジェンダー視点を自然に取り込んだ作品が今後増えることを期待したい。