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AI全盛時代に人間が自分の意志で大成功するのに必要な「これだけのこと」

精神だけ身体から離れて特別になれない

我思うけど我はいない?

ルネ・デカルト(1596~1650年)が自著『方法序説』の中で提唱した有名な命題、「我思う故に、我あり」を知らない読者はいないであろう。

目を閉じて、自分の周りのものを消し去っていく。その作業を繰り返すと最後には「すべてを消し去ろうと考えている」自分の意識が残る。この意識だけはどのように頑張っても消しさることができないことは、読者も試して実感したことがあるのではないだろうか?

したがってデカルト以降の人々は、人間の「意識」=「精神」がすべての根源で、肉体はその精神とは異なったものであり、肉体は精神に従属してコントロールされると考えるようになった。

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しかし、近年の脳や神経系における著しい研究の発展により、人間の脳を含む臓器はお互いに情報を交換し、影響を与えあっていることが分かってきた。

よく、臓器移植をすると臓器提供者の好みが移植された人間に影響を与えるということが言われる。これも、脳を含めた臓器が互いに信号を送り合い影響を与えているのであれば十分納得できる。

さらには人間に自由意志(一般的に言われる意識)が存在するのかどうかという議論も古代から続いている。

例えば占いを信じる人は、「自分の運命はあらかじめ決まっていて変えることができない」と考える決定論者だといえなくもない。

西洋文明は人間の「自由意志」を最大限に尊重する文化だが、その西洋文明が発展させた科学研究の多くは「人間の自由意志は存在しない」という結論に至っている。私もそれらの研究を勉強してみて大いに納得できる。

 

しかし、私がこの文章を書くという行為にも「自由意志は存在せず、ただ決められた運命に従っているのだ」と言われると承服しかねるところがある。

本当に人間の運命は自分の手で切り開いていくことができないのであろうか?