バブル期の家で3000万円の赤字

夫の両親を見送り、転勤暮らしも終わって、ようやく自宅に戻ってきた華子さん。大企業のエリート社員は50代前半でいったん定年になり、そこから先は給料も相当減ってしまう。そこで一度立ち止まり、夫婦で「家」のことを考えた。

「立て替えするのか、修繕するのか、手放すのか。夫婦でイメージが違うし、すりあわせる中で非常に疲れることもあります。でも自分たちの今後の住まいを考えるということは、人生を考えることだから、ここで行動しようと決めて。まだローンが残っていた家だけど、売って、マンションに住み替えたんです。勇気いりますね。最終的に3000万円近い赤字が出て確かに大損したし、貯金もだいぶ減ってしまったけれど、きれいに片付けました」

転勤が多くて、長い時間は住まなかった家に対しての負債。残念な結果かも知れないけれど、バブル期に自宅を買った人たちは多かれ少なかれ、そんな経験をしていると華子さんは笑う。
「失敗したら反省して、教訓を得て、あとはもう忘れるほうがいいんです。恨みに思っていたら顔つきが怖くなるし、醜くなるし。もう自分たちは新しい局面に立っているのだから、次のことを考えればいい」

一軒家からマンションへの引っ越しで、かなりの荷物も処分して身軽になり、華子さんは夫に働き方を変えて欲しいと頼んだ。
「今後の夫婦の生き方を考えたんです。自分のやりたいことを見つけて、それをやって欲しい。そのためにお互い、予算を決めてお金を遣いましょうと提案しました。それで主人は昔から音楽が好きだったから、フルートを再開して、テニスも始めました。私も趣味のダンスとか観劇とか。それぞれ人生を楽しむことを始めたんです」

それまで町内会の役員は華子さんが担当していたが、マンションに越してからは夫にやってもらうようにした。
「すると、たまたま近隣で公的な建物の建て替えがあって、市民の要望を出して、交渉するような出来事があったんです。主人は交渉の大切な場面ですばやく動いて、譲らないところは譲らない。それは私の知らない特性だったんですね。最終的には住民の意見が通って、よい建物が建って、感謝の言葉もいただいて。功労者の家内として住民の方にも認識してもらい、私自身、とても住みやすい町になりました」

定年になってからマンションに移り住み、町内会の仕事も見事につとめた。ずっと家ではみられなかった「できる夫」の姿を確認できる幸せな時間だった(写真はイメージです)Photo by iStock 

実は華子さんの夫は、その建物の完成を見ることができなかった。わずか60歳で急病により亡くなってしまう。
「それでも夫には5年間は好きなことをする時間があって、ただ働くだけではなかった。それが私にとっての心の平安になっています」