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コロナ後に銀行が生き残るには 「金行」に生まれ変わるしかない

未来の銀行はどうあるべきか・後篇
収益減に見舞われ、苦境に立たされている銀行。これからの時代を生き残るために、銀行のあり方はどのように変わっていくべきなのでしょうか?
銀行の収益の悪化を明らかにした前回に続き、企業アドバイザーの津田倫男氏が未来の銀行について、「金行」に移行すべきだと提言します。
 

前稿で「新たな銀行像」について述べると約束した。本稿がその概要である。大いに議論を呼ぶことを期待している。

「金行」というあり方

今私は、コロナ後の「令和」新時代のあるべき金融機関像として「金行」というものを考えている。

明治の初めに日本経済界の重鎮、渋沢栄一が日本でもバンク(BANK)を作ろうとして、その訳語の一つとして考えていたが破棄した用語が「金行」と言われる。

銀行となった理由の一つに、当時の日本経済の中心地、大阪が「銀」本位制であったことも挙げられたりもするが、新たなバンク(従来用語なら商業銀行)の現実的なあり方を「金行」というキーワードを使って描いてみたい。

渋沢栄一(近世名士写真其二/国立国会図書館所蔵)

その基本は、商業銀行の伝統的顧客である「個人」「零細・中小企業」重視である。

ドラマ『半沢直樹』でも中野渡頭取が「顧客第一」という言葉を使っていたが、この顧客に実は富裕層、大企業も含まれる。

しかし私は長年、忘れ去られてきた「一般・零細個人」と「スモールビジネスや個人事業主」に未来の銀行(つまり金行)は再びスポットライトを当てるべきだと考えている。

それだけでは儲からないと銀行や信金は言うだろうが、こうした商業銀行(信金や信組、政府系銀行も含まれる)の多くは零細個人や中小企業に貸すチャンスを、自ら放棄し、目先の手数料商売に邁進してきた。

時間軸を少し戻せば、「今にして思えば、もっと貸すことが可能だったかもしれない」ことに思い当たるだろう。例えば、私が都銀に入った1980年初頭にはまだそうした零細中小企業融資が盛んで、一般個人向けのカードローンなども始まったばかりだった。

40年も時を戻せとは言わない。その代わりに現在に合った新たな融資や金融サービス形態を考えればよい。それを怠ってきたツケが前稿の収益激減という勘定書で、銀行を追い詰めているのだ。

言い訳上手な銀行員や信金職員はこういうかもしれない。

「当局の指導が厳しくて、貸せなかった、今も貸せない」

確かにバブル崩壊後の金融行政は、銀行や信金が倒れないように不良債権の圧縮を執拗に迫ってきた。その一つの表れが金融検査マニュアル(現在では廃止)で、これに当局も銀行もがんじがらめに縛られてきたということはあるかも知れない。

しかし、人も時代も変わった。現在の金融庁トップには予てから金融再編に積極的と言われる人が就き、彼以前の長官も「銀行(そして信金信組)は何でもやったらよい」(つまり、非金融業も許す?)と発言してきた。

時代も新たなサービスの提供できる金融機関を求めている。単に生保や投信の契約ノルマ達成のために毎月、頭を下げに来る銀行員の顔をなど、一般庶民や中小企業だけでなくどんな金持ちも見たくないはずだ。