「H&M」の日本での大成功を導いた、「先進的」な経営方針

H&Mジャパン社長にインタビュー

1947年にスウェーデンで誕生したファッションブランド「H&M」。企業の正式名称は「H&M Hennes&Mauritz(ヘネス・アンド・マウリッツ)」という。外資アパレルは日本上陸後に失速することも多いが、なぜ同社は店舗数を倍増させたのか。H&Mジャパンのルーカス・セイファート社長(46歳)に話を聞いた。

ファッションの「民主化」

「H&M」が世界の市場で認められたのは「ファッションの民主化」を成し遂げたからです。服飾品は自分らしさを表現する手段。そこで当社は、リーズナブルな価格で商品を届け、すべての人に自己表現をしていただきたいと真摯に考え、事業を行ってきました。

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それから、絶えず「確かな進歩」を続けてきたからです。創業当初は低価格を打ち出しましたが、15年経た頃、ファッション性、品質重視の姿勢を強めました。

そして直近の20年はよりサステナビリティを高めることに注力し、現在のH&Mのイメージは創業当時とは別のブランドのようです。

加えて、全ての年齢、性別の方がワンストップで楽しめる店舗を作ってきました。仕事着やお出かけ用の服から、新生児や子供向けまで全てが揃う、グローバルで、誰もがほしいものを探せる店舗です。これが当社の成功要因だと思います。

 

日本文化へのリスペクト

日本市場に受け入れられた理由は、我々が市場のニーズに適応する姿勢を持っているからでしょう。例えば日本向けには、日本の皆様の体形に合ったサイズやフィット感のある商品を製造し、提供しています。

さらに私たちは、日本の文化をリスペクトしています。