人類が「ウイルス」と縁を切ることができない深い理由

「誤作動」という生物の本質を考える
更科 功 プロフィール

誤りはいつか必ず起きる

上の話のような惑星があったとしたら、その惑星に住んでいる知的生命体が絶滅するのは、必然と言ってよい。10年後に絶滅するか1万年後に絶滅するかはわからないけれど、とにかくいつかは絶滅する。なぜなら、誤りというものは必ず起きるからだ。

あなたは必ず間違える。友人との待ち合わせの時間を間違えるかもしれないし、パソコンで文章を書いているときに字を間違えるかもしれない。間違いをしない人なんて、この世に一人もいないのだ。

それは、生物の進化においても同じである。というか、間違いが起きることによって生物は進化してきた。間違いが起きることによって、親とは少し違う子供が生まれる。少し違う子供がたくさん生まれることによって自然淘汰(=自然選択)が働き始め、生物は環境に適応していく。

【写真】ダーウィンが観察した4種のフィンチ親とは少し違う子供が生まれることで、生物は環境に適応していく(ダーウィンが観察した4種のフィンチ) photo by gettyimages

もしも間違いが起きなければ、生物はとっくの昔に絶滅していたことだろう。そしてそれは、生物と無生物の中間的な存在であるウイルスについても当てはまる。

ウイルスは生物の誤作動?

核兵器を発射して他国に命中させるシステムがあれば、ボタンを押し間違えて誤作動させてしまう事故も起きる。

一方、生物の細胞の中には、DNAやRNAの情報によって、タンパク質を合成する精妙なシステムがある。タンパク質にはいろいろなものがあり、その生物にとって有益なものもあれば有害なものもある。もし、タンパク質合成装置を動かすDNAやRNAの情報が間違っていれば、有害なタンパク質が作られてしまう事故も起きる。そして、そういう事故は必ず起きるのだ。

ウイルスは、自分のDNAやRNAによって、細胞の中のタンパク質合成システムを動かし、自分に都合のよいタンパク質を作る。つまり、細胞の中にあるタンパク質合成システムを誤作動させることによって存在しているのがウイルスである。

さまざまなウイルスで、細胞に由来するDNAやRNAが見つかっている。そして、それらのDNAやRNAは、ウイルスの中で、さらに独自の進化をしていることが普通である。いわばウイルスは細胞から遺伝子を盗み出して、それらを適当に改変し、自分に都合よく使っているわけだ。

世界には複雑なものより単純なものが多い。なぜなら、複雑なものは、単純なものの一部から作られるからだ。富士山のような高い山には、広い裾野が必要である。広い裾野がなければ、高い山頂は存在できない。山頂を「複雑なもの」とすれば、広い裾野は「単純なもの」に相当する。(タンパク質合成システムを含む)細胞が山頂なら、DNAやRNAは裾野だ。あるいは、生物が山頂なら、ウイルスは裾野だ。

DNAやRNAは、細胞より、ずっとたくさん存在する。ウイルスの中はもちろん、空気中にだって存在する。それらのDNAやRNAの中からは、必ず細胞を誤作動させるものが出てくる。ウイルスのDNAやRNAは、その代表的なものだ。

【図】ウイルスと生物の関係ウイルスは宿主生物の遺伝子を都合よく利用する一方、生物はウイルスによる誤作動によって環境に変化に対応できる

そしてウイルスは細胞より単純なので、細胞よりずっとたくさん存在する。生物は細胞からできているので、ウイルスは生物よりずっとたくさん存在すると言ってもよい。地球は生物の惑星である以上に、ウイルスの惑星なのだ。だから、ウイルスを一掃して、地球を生物だけの惑星にすることはできない。それは、裾野のない富士山のようなもので、ありえないのである。

また、誤作動という間違いが起きなければ、ウイルスは存在し続けられない。しかし、間違いが起きなければ存在できないのは、ウイルスだけではない。たとえばDNAを子孫に受け渡すときに、間違いがまったく起きなければ、生物は進化できない。進化できなければ環境に適応できないので、生物も存在し続けられない。

でも、間違いは必ず起きる。この世に完璧なものなんてないのだから。したがって、生物が存在すれば、必ずウイルスも存在する。複雑な生物が存在すれば、単純なウイルスはもっとたくさん存在する。生物はどこまでいっても、ウイルスと縁を切ることができないのである。

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