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アニメ業界の低賃金は手塚治虫のせいなのか? 見えてきた意外な真実

虫プロは「高賃金」だった!

悪いのは手塚治虫?

日本のアニメについて語られるとき、そこで働く人たちの低賃金が問題になる。

アニメが好きでその仕事をしているので、いわゆる「やりがい搾取」になっている、と。

それはアニメのみならず、映像の世界全体に言えるようでもある。

しかし映像全体であれば、不況でテレビ局の業績がどうこうとか、とくに特定の個人のせいにはされないが、アニメに関しては、いまだに「手塚治虫が『鉄腕アトム』を安く作ったおかげで、アニメーターは低賃金になった」と、亡くなって30年が過ぎている手塚治虫のせいにされている。

本当にそうなのだろうか。

 

アニメ大国建国紀1963-1973』を書いた動機のひとつは、この「手塚治虫疫病神説」を検証し、覆したいとの思いがあったからだ。

アニメ大国建国紀

ひとは断片的な「事実」をもとに、「物語」を捏造してしまいがちだ。

手塚治虫疫病神説もそのひとつであり、この「誤った歴史」を拡散させたひとりが、宮崎駿である。

1989年に手塚治虫が亡くなったとき、マンガ専門誌「Comic Box」1989年5月号、「特集 ぼくらの手塚治虫先生」で、宮崎駿はインタビューに応じ、手塚を絶賛する記事で埋め尽くされるなか、ただひとり、全面否定した。

そのインタビュー、『手塚治虫に「神の手」をみた時、ぼくは彼と決別した』は、宮崎駿の著作集『出発点 1979~1996』にも収録されているので、「一時の感情、何かの勢いでつい喋ってしまった」失言ではない。宮崎が自分の発言として広く読んでほしいと望んでいるものとみなしていい。

宮崎駿、出発点
 

宮崎はこう発言している。

〈アニメーションに対して彼(手塚治虫)がやったことは何も評価できない。虫プロの仕事も、ぼくは好きじゃない。〉

〈手塚さんが喋ってきたこととか主張したことというのは、みんな間違いです。〉

ある意味では、勇気ある行為である。亡くなった人、しかも業界で最大の権威を持つ人物の、雜誌の追悼特集での全面否定なんて、普通はできない。お通夜に行って、「あの人はひどい人だ」と言うようなものだからだ。

宮崎駿がいかに特異な人であるかを示す。