ベストセラーエッセイ『ブラを捨て旅に出よう』の著者で、旅作家の歩りえこさんによるFRaU web連載「世界94カ国で出会った男たち」(毎月2回更新)では、世界一周旅行中に出会った男性とのエピソードをお届けしています。

連載15話では、アルゼンチンのブエノスアイレスを観光中に、突然訪れた「死」を感じた瞬間について綴っています。最悪な体験をしたことで、これまで当たり前だと思っていたことに「ありがたみ」を感じ、「幸せ」とは何かを初めて知ることができたと歩さんは言います。

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妙な安心感と自信が植え付けられていた

人は死に直面した瞬間、どんなことを考えるのか?

病死なら事前に死を意識するので色々人生について振り返って考える時間があるかもしれない。人生が終わりに近づいていると悟った場合「もっと自分らしく自由に生きたかった」と思う人も多いだろう。健康と若さはそんなことを全く見えなくさせ、「いつでも何でもできる」と思いながら生きているうちに……たくさんの夢を半分も果たさないまま時間だけがあっという間に過ぎ去っていく。

自分の人生が長くは続かないと知った瞬間にできることは、とても少ないと思う。まして事故死や事件死の場合は「あの時こうすれば良かった」と考える暇などまるでない。死の危機を察知した瞬間にお花畑が見えるという人もいれば、走馬灯のようにこれまでの人生が断片的にフラッシュバックすると言う人もいる。

そそっかしい性格ゆえに何度か大型トラックにひかれかけたことがあるくらいで、健康と若さが絶頂だった私は【死】を間近に感じたことなどまるでなかった。

世界一周中、25歳の私は2年間続いた長旅もあと3週間ほどで終わろうとしていた頃、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスにいた。南米大陸のバス移動は想像以上に長く、お金があるなら飛行機で移動したいところだが、日々節約を心がける貧乏旅ではそうもいかない。24時間以上バスに乗り続ける日が続くとさすがにお尻だけでなく体力気力も疲労困憊だ。

アルゼンチン・ブエノスアイレスの観光地であるボカ地区。写真提供/歩りえこ

2年間の道中で引ったくりやスリなどは日常茶飯で、集団痴漢など何度も危機に直面したものの激しく危害を加えられるような目には一度も遭っていなかった。このことが妙な安心感と自信を植え付けてしまい、真昼間の観光地で人が沢山いるところならそうそうトラブルは起きないだろうという感覚が体に染みついてしまっていた

この日もそうだ。