なぜ「人間には十分な報酬を払うべき」なのか?ドラッカーはこう答えます

「安く使えるバイト」にしていいのか

知識社会では人件費を下げるのは誤り

マネジメントの権威ピーター・ドラッカーは、「利益を生み出せるのは人間だけである」と看破する。

例えば古臭い表現で言えば、企業経営には「土地・労働力・資本」が必要とされる。しかし、これは働く人々をまるで「機械の歯車」のように扱う誤った考えである。

人間を土地(あるいは生産設備・店舗)や資本と同じ「物」として扱うなどということはどうかしている。

たしかに、奴隷制度や共産主義では、人間の私有財産(すなわち自由)を認めず「労働力」という「物」として扱っているのは8月6日の記事「なぜ世界中で中国との対決が起きるのか、そのシンプルな理由」で述べたとおりだが、我々民主主義者は当然そのようなことを許すべきではない。

ドラッカーは「店舗や工場はただそこに存在するだけでは1円の利益も生まない。人間がそれらを活用して、初めて利益を生むのだ」と主張している。

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つまり土地(店舗・工場・オフィス)や資本と「人間」とはまったく違う存在で「労働力」という「物」としてとらえるべきではないということだ。

「物」であれば、同じ商品の価格が下がっても品質には変わりがない。もちろん手間暇かけて生産した商品の価格は高くなる傾向にあるが、その商品を値切っても品質が低下するわけではない(悪意を持って納入の時に水増しや手抜きをすれば別だが、悪意は物ではなく人に備わるものだ)。

しかし、「人件費を下げる」=「人間の値段を値切る」場合はどうであろうか? もちろん、人間は物ではないから、「自分の値段が値切られた」ことをすぐに理解し、色々なことを考える。

人間が本来の能力を発揮するには、「意欲」が大事だが、人件費を削ることが「意欲を高める」ことに決してつながらないことは、あえて説明するまでもないだろう。

ドラッカーも述べるように、人間の知識こそが富の源泉であり、知識は人間の頭の中にしかない。ちなみに、この知識があるということは「物知り」だという意味ではない。8月8日の記事「人間がAIにとって代わられて当然になる『職業』は、これだ!」で述べたように、断片的ないわゆる専門知識はコンピュータによってとって代わられる。ドラッカーが述べる「知識」とは、「0」と「1」に置き換えられるデジタル情報ではなく、そのデジタル情報を活用して「創造するための一連のシステム」といえよう。

 

その「金の卵を産む鶏」である人間を物として扱い値切って、本来の能力を活用しないのは愚かな経営者である。