目覚めたら、携帯がバッドニュースで埋もれていた

あれは7月の初旬。朝、遅めに起きた私は、スマホを見た瞬間、めまいがした。

画面の上から下までが、なんならスクロールしても延々「緊急速報」のアラートで埋め尽くされていたからだ。九州では大雨で河川が決壊し、全国各地で地震が頻発。私が寝ている間、律義に送り続けられた被害状況や発令された避難指示、各地の震度などを続々と伝えるおびただしい速報に加え、すっかり日常化してしまったこれまた大量のコロナ関連系のアラートがスマホの画面を占拠していたのだ。

とにかくその情報量の多さに圧倒され、心臓がバクバクして、軽いパニックに襲われた。スマホを見るまでは、九州の水害はもちろん、住んでいる東京で地震があったことすら知らず、のん気に爆睡していたにも関わらず……。

私は携帯のニュース告知の設定をすべて解除した。情報が瞬時に得られない不安はあるもけれど、あのバッドニュースがずらーっと並ぶ画面の恐怖感に、今は耐え切る自信がない。

不安な情報ばかり目に触れると、心はキャパオーバーしてしまうことも。photo/iStock

「それでいいんですよ。僕も診察に来て、コロナの心配を訴える患者さんには『テレビなんか見なくていいから!』って言いきっちゃってますから」

そう語るのは、コロナがきっかけで、性格や言動が別人のように激変し「ちょっとヘンになっちゃった人」の状況を自らが『シャムズ』と名付け、『コロナのせいにしてみよう。シャムズの話』(金原出版刊)という本を出版した医療法人社団永生会 南多摩病院総合内科・膠原病内科医の國松淳和氏だ。

前回の記事では、医学用語ではないが、医療現場で今感じる問題として『シャムズ』という言葉を生み出した背景、そして、『シャムズ』の意味となる「シャムズは病気ではないから、医療では治す対象ではないけれど、身近な人や本人がシャムズだと気付くこと自体が大切で、その人がちょっとヘンになったのは『シャムズ』なんだとわかれば、心が楽になる」という話をきいた。

今回は、コロナとともにある新生活に、今後どう向き合うべきなのか、『シャムズ』を通して考えてみたいと思う。

なんでもコロナのせいにしてみよう! という概念とは
*シャムズの概念等は、こちらの記事を参照ください。