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なぜ日本の暴力団は海外進出するのか? あるヤクザが明かす「取引の実態」

オランダとトルコで何をしていたか

筆者は、暴力団研究者として、様々なヤクザのライフヒストリーを記してきた。それは、大御所ジャーナリストの方々とは異なり、市井に生きる名もなきヤクザの人たちの記録である。名もなきゆえにリアルな「等身大のヤクザ像」を、読者の皆さんに紹介することを、常に念頭に置いている。

この話は、筆者がKADOKAWA新書にて、『ヤクザと介護――暴力団離脱者たちの研究』を著した時に、主人公の小山さんから聴き取った内容である。

暴排条例施行以降、国内の暴排強化の流れは止まらない。暴力団に詳しい鈴木智彦氏はヤクザの海外進出につき、次のように証言する。

暴力団は急速な勢いで海外に進出している。暴力団とともに、フィリピン、マカオ、中国、インドネシア、マレーシアに同行した際は、それなりの“支部らしきもの”があることを確認した。実際、海外支部の名刺を作っている団体もある。

マニラには日本の暴力団が国内のような縄張りを作っているし、インドネシアでは入国も税関もフリーパスで、空港からは白バイがサイレンを鳴らしながら車を除のけ、ホテルまで先導してくれた。暴力団を日本から追い出しても、彼らはたくましく新天地を見つけるだろう。古い型の暴力団が姿を消す一方、国際化をすすめ、新ジャンルの暴力団が生まれている(文春オンライン 8月23日)。

 

暴排条例が施行されて、ヤクザのシノギも著しく制約されることになった。ただ、いえるのは、今も昔もヤクザが扱うシノギといえば相場は知れている。こうした暴力団国際化の布石は、2000年前後から着々と進められていた。

以下では、主人公が語ってくれた海外シンジケートとの取引の実態の一部を、ネタの運び屋、現地駐在員の視点から紹介する。