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「マイルドな優生思想」が蔓延る日本に「安楽死」は百年早い

近代市民社会として成熟していない

筋萎縮性側索硬化症(ALS)の女性から依頼を受け、医師が薬物を投与して殺害し逮捕された事件で、京都地検は事件に関わった2名の医師を8月13日、嘱託殺人罪で起訴した。報道によればALSの女性は以前から強く安楽死を希望しており、2018年12月にツイッターで被告の医師と知り合ってから、やりとりを重ねていたという。

医師の一人はクリニックを開業しており、メンタルケアや緩和ケアに力をいれ、ホスピスの運営も手掛けていた。2名の医師は、共著で高齢者の安楽死を積極的に推奨するような電子書籍(書名はあえて記さない)を発行していたが、この本には以下のようなくだりがあると報じられている。

《認知症で家族を長年泣かせてきた老人、ギャンブルで借金を重ねて妻や子供を不幸に陥れた老人。そんな「今すぐ死んでほしい」といわれる老人を、証拠を残さず、共犯者もいらず、スコップや大掛かりな設備もなしに消せる方法がある。医療に紛れて人を死なせることだ。
 病室に普通にあるものを使えば、急変とか病気の自然経過に見せかけて患者を死なせることができてしまう。違和感のない病死を演出できれば警察の出る幕はないし、臨場した検視官ですら犯罪かどうかを見抜けないこともある。荼毘に付されれば完全犯罪だ。》

 

本稿では、この事件について詳細を論ずることはしない。また安楽死や尊厳死の議論についても深くは立ち入らない。私自身は、個人の意思や主体性を十分に尊重できる“環境”があるならば、尊厳死や安楽死が合法化される可能性を排除するつもりはない。ただ、現在の日本ではそうしたことを論ずるための環境が整っているとは、とうてい言えないと考えている。

「死ね」が気軽に飛び交う国

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安楽死の中でも医師が薬物などを用いて患者を死なせる、いわゆる「積極的安楽死」が合法化されたとして、懸念されることがいくつかある。生存に手厚いサポートを必要とする患者や障がい者の多くが、「なぜ安楽死を選ばないのか」という周囲からの暗黙の圧力にさらされる怖れはないだろうか。こうした圧力は容易に内面化され、患者があたかも自ら望んだかのような形で死を選択させられるという事態が起こりかねないのだ。

そもそも気軽な罵倒語として「死ね」という言葉がこれほど日常的に飛び交う国は珍しい。そんな環境で安楽死を合法化したらどんなことになるかは想像に難くないだろう。