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みんな後から来た人で、みんな今ここに住んでいる

『隣人X』が問いかけるもの
第14回小説現代長編新人賞受賞作『隣人X』が刊行された。フランス在住の新人作家による小説は、私たちに何を問うのか。「小説現代」2020年5月号に掲載された、「ニッポン複雑紀行」編集長で『ふたつの日本――「移民国家」の建前と現実』著者・望月優大氏の解説をここに特別掲載する。

「遠くにいるはずの人が近くにいる」という感覚

パリュスあや子さんの『隣人X』を読んだ。地球外の惑星を離れて「難民」となった惑星生物Xたちとの「共生」が一つのモチーフとなったSF作品と言えば良いだろうか。とは言っても地球外生命体が最初から最後までバンバン出てくるというわけではなくて、主に東京で暮らす市井の人々の日常が、かわるがわる描かれている。

そんな何人かの中にはいわゆる「日本人」も「外国人」もいて、一人ひとりのささやかな時間や感情が交錯する中に、突拍子もない「宇宙からの難民受け入れ」についての報道も折り重なっていく。その非現実的な現実はとても遠く感じられ、「隣人」という言葉から連想される「近さ」とはかなりの距離がある。

この「遠くにいるはずの人が近くにいる」という感覚は、いわゆる「移民」のテーマに常につきまとうものだろう。そもそも「移動」ということ自体が、ある二つの場所AとBとが別の場所であるという事前の確認を前提としており、だからこそ移民やその子孫は「遠くから来た人」という受け止めをされてしまいがちだ。

 

だが、この「遠くから来た人」という把握の仕方は、往々にして現実から大きく乖離する。

例えば、最近発表された2019年末の在留外国人数は293.3万人であったが、その中には日本で何十年も暮らしてきた人だけでなく、日本生まれ日本育ちの人も数多く含まれている。なぜなら、日本の国籍法は血統主義を採用しており、外国籍者同士の両親の子どもは日本で生まれても日本国籍を取得しないという仕組みになっているからだ。

日本生まれ日本育ちでも外国籍。すると、「遠くから来た人」という認識はこうした人々については単に的外れだということになる。なぜなら、ここで生まれて、ここで育っているからだ。

しかし、現実には、国籍や見た目、名前などから「よそもの」として扱われ、「日本語が上手ですね」から「文句があるなら国に帰れ」まで、自らが「日本人」であることを疑う必要のない人々から、多種多様な言葉を日常的に浴びせられることになる。