新型コロナの影響で注目を集めている「マッチングアプリ」。スマホ一つで新たな出会いを探せるため、婚活の主流となりつつあります。
FRaU webでは、実際の取材に基づいた「アプリ婚活」のリアルを、共著作家の山本理沙さんと安本由佳さんによってノンフィクション小説としてお届け。アプリの「モテ技」テクニックも満載です。
主人公はコロナ禍で孤独を極め、本気でアプリを始めたアラサー男女。「結婚とは」「幸せとは」について見つめ直していくなかで、果たして二人はベストパートナーにたどり着けるのでしょうか?
結婚に焦る武田留美(32歳)はマッチングアプリを始め、年下の商社マン・直彦と出会うが、デート中に口論となってしまう。その後直彦がランキング1位のさくらとデートすると聞き、対抗心を燃やす留美。結果、美青年の経営者とマッチングしたものの、彼は食事中に忽然と姿を消したのだった。
女が自暴自棄に陥るとき
「……ねぇ留美ちゃん、もう一杯飲む?」
粘り気のある男の声に、留美はふと我に返った。頭が重い。だいぶ酔ってしまったようだ。
「うーん……もう大丈夫」
「いいじゃん、明日休みなんでしょ?」
そう言って留美の肩に手を回す男の名前が、うまく思い出せない。『だいち 31歳』だったか、『Tomoya 33歳』だったか。まぁ、どちらでもいい。
「私、もう帰る……」
「ゆっくりしていきなよ。ウチ、すぐそこだし」
男のセリフで、留美は自分が恵比寿のバーにいることを思い出す。
そうだ。今夜はやたらと恵比寿在住アピールをしていたメーカー勤務のトモヤと飲んでいるのだ。彼とはマッチング後に大した会話もせずに、誘われるまま恵比寿にやってきた。
「……じゃあさ、ウチでお茶でも飲む?」
肩に置かれた手が、ゆっくりと背中を這う。
「だから、帰るってば。おやすみ」
その手をかわし、ふらつきながら席を立つ。すると男は、背後からボソッと呟いた。
「……なんだよ。BBAのくせに」
一瞬足を止めたが、留美は無言のまま店を出た。
別に、もうこの男に会うことはない。たまたま一人で家にいたから、誘いに乗っただけ。男の下心はあからさまだったが、留美には関係ない。
所詮、アプリの男なのだ。
無駄に気遣う義務も、深入りする必要もない。
翔太に突然姿を消されたあの晩から、留美は自暴自棄に、こんな夜を延々と繰り返していた。