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福島第一原発事故「最悪のシナリオ」は日本に何をもたらしたのか

近藤駿介×細野豪志【後編】

福島第一原発事故発生から2週間後に発表された「福島第一原子力発電所の不測事態シナリオの素描」、いわゆる「最悪のシナリオ」。政府からの依頼でシナリオを作成した、当時の原子力委員会委員長・近藤駿介氏に、首相補佐官として当時事故対応にあたった細野豪志衆議院議員が話を聞いた。いま明かされる、緊迫の事故対応の内幕。(構成・林智裕、ライター

すでに「最悪の事態」は起きていた

細野 近藤先生が中心となってまとめた、福島第一原発事故の「最悪のシナリオ」は、かなり厳しい内容となりました。国民にも非常に重く受け止められたわけですが、発表当時、近藤先生ご自身はどう考えていましたか。

近藤 繰り返しますが、当時起こっていた事態がすでに「現実的な最悪」でした。1、2、3号機の建屋からは、ほぼ出がらしになるまで放射性物質が放出されていましたから、あとは4号機によほど大きな異変が起こらない限り、それ以上悪い事態にはならない。あのシナリオはあくまでも「考え得る可能性全てを半ば無理矢理合わせて想定した最悪」でした。可能性は低いけれど、全てが最悪に向かえばここまで行く、というものです。

ただ、皆さんに「最悪でも被害はここまで」ということを知っていただくのがいいだろうと思ったのと、被曝線量の想定算定基準を非常に厳しくしたので、この基準自体にも議論が起こるに違いないと私は考えていました。つまり、シナリオの取り扱いについては、政治の役割にお任せしようと考えたわけです。

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もっとも、条件の説明をもう少し補足するべきだったとは思います。普通は背景の補足や詳細な説明があることを前提として資料を作るわけですから、舌足らずというか不完全であったかなと反省はしています。

細野 ただ、やはり「最悪のシナリオ」にはちゃんと意味があって、これに基づいて4号機のプールや内部のリスクシミュレーションを徹底的にやったんですよね。それで、恐らくは大丈夫だろうという結論に至った。しかし、建物の損傷はかなり激しかったので、補強のために相当手を尽くしました。完全な補強ができて、「最悪のシナリオ」回避を本当の意味で確信できたのは、6月に入ってからでした。

近藤 補強作業中も、万が一に備えて、遮蔽になるようなものをリモートでかけられる設備も用意していただくこともお願いして。あれも残骸が9月くらいまで残っていましたよね。

細野 4号機がいかなる状態になっても、とにかく水を入れ続け、外に漏れないようにする仕組みを準備しました。それらをちゃんと検討し対応してくれた、専門家や現場の皆さんには本当に感謝しています。2011年の夏は、万が一の事態に「備えるだけで済んだ」、感慨深い時期でした。