新型コロナウイルスの影響で「ソーシャルディスタンス」が求められ、以前のように人と人とがつながりあうことが難しくなっています。一方で、子どもたちは短縮授業やオンライン学習、大人たちは在宅勤務やテレワークと、家族がみんな家の中にいて、一緒に過ごす時間が増えました。

制限のある生活が長期化するなかで、息抜きもできず、イライラが募って疲れすら感じてしまう、ということはありませんか?「せっかく子どもと一緒にいられる時間が増えたのに、なぜなんだろう…」という疑問を、ゴリラ研究の第一人者である、京都大学総長の山極寿一さんにぶつけたところ、「家族といると息が詰まるのは当たり前なんです」という驚きのことばが――。山極さんにwithコロナ時代の家族の在り方について伺いました。

家族とは「外」に開いているもの

――山極さんの新著『スマホを捨てたい子どもたち 野生に学ぶ「未知の時代」の生き方』(ポプラ新書)の中に、あらゆる動物の中で「家族をもっているのは人間だけ」という記述があります。ほかの動物にも親子関係はあるように見えますが、人間とほかの動物では、なにが違うのでしょうか。

ゴリラは、単独の家族のようなものはもっていても、それが複数集まることはありません。チンパンジーは、複数のオスやメスが集まる地域共同体のようなものはあっても家族はありません。しかし人間の場合は、複数の家族が集まって地域共同体をつくる。見返りを求めない家族と、役割分担と共感で成立する地域共同体という、性質の異なる集団をマネジメントできるのは人間だけです。

もともと、家族とは外に向かって開いているもの。新型コロナウイルスが流行する前は、家族はみんな、外へ出かけていました。子どもは同年代の仲間と遊び、大人は仕事に出かけたり、立場の似た人と食事や会話をしたりして過ごしていた。家族ではない人たちと付き合い、そして家族へと戻ってきたわけです。

それが家族の正常な姿なんです。家族は開いていないといけない。家族は単体ではいられないのです。それが壊されてしまったのだから、息がつまって当たり前です。