体重を読み上げるという公開処刑

小学生の頃の話だ。私は小児科の待合室にある体重計に乗せられ「○kgね。こんなに体重あるんなら君もう小児科じゃなくていいよ」と、おじさん医師に呆れたように笑われた。待合室にいた大人たちからもどっと笑いが起きた。

また、別の時には担任の女性教師に、太り過ぎだということを説教された。「太っていると今後の人生で困ることになるぞ、これはお前のために言っている」と、彼女は机越しに私を睨みつけ、鬼のように赤らめた怖い顔で切々と語った。“先生から生徒のみんな一人一人にメッセージを語ってまわる”という時間での出来事で、周りにも生徒がいた。

怒ると怖い教師で、詰め寄られた私は不快で居心地の悪い気分になったが、何より太っている私が悪いのだから、責められて仕方がないとすら思っていた(今思えば、その女性教師もガッチリした体型で、彼女自身も体型で困ることがあったのかもしれない)。学校で年に一度ある身体測定の時にも、他の生徒がいる前で体重を読み上げられることは公開処刑のようで苦痛だった

身体測定での数値の読み上げに傷つく子供たちは多い。また、いじめの材料になることも。photo/iStock

いじめを苦に自殺する学生がニュースになると「いじめをするなんて最低だ!」という声が上がるのに、そもそもそういった小さなところから、他者への尊重や辱め、心の傷の影響に対して鈍感すぎると思うし、社会全体の認識が足りないのではないだろうか。

子供のみならず、大人にまで嘲笑られ、否定される体。私だって私の体が嫌いだった。実際、食べる量を減らしたり、親に連れられ金八先生が歩くような河原の土手へジョギングしに行った覚えもある。しかしうまくいかなかった。大人でも難しいダイエットは、子供の私にはより難しいのは当たり前だった。

私は常に人目が気になり、小学生ですでにストレスを抱えることが多く、頭髪からはフケが出るようになった。どんなに清潔に洗っても、シャンプーを変えても、気付くとポロポロと肩に落ちるフケを見て、更に自分の体が嫌いになった。それでも私は私という肉体から、逃れることができなかった。