佐賀県の吉野ケ里遺跡[Photo by gettyimages]

驚愕!邪馬台国は「別府温泉」にあった…地下には卑弥呼の王宮が眠る?

奈良でも佐賀でもなく「別府温泉」

邪馬台国とポンペイの共通点

繁栄を謳歌していたその都は、あっというまに高熱の火砕流に呑み込まれた。火山灰に埋もれた遺跡を発掘し、人々の死体が朽ち果てた跡の空洞に石膏を流し込むと、火山性ガスなどによって命を奪われた瞬間が人型となって、まるで時間が止まっていたかのように地上に再現された――。

魏志倭人伝に登場する邪馬台国が中国の魏との間に使節を行き来させていたおよそ150年前、交易とワイン醸造で栄え、ローマの貴人たちの別荘もあったというポンペイは、ベスビオ山の大噴火の火山灰によって封印されました。

そして、それは地下に埋設された巨大な「タイムカプセル」となり、石畳の歩道と車道が整備された町並み、美しいフレスコ画や、巨大な闘技場、そして温泉を利用したテルマエ(公衆浴場)など、往時のローマ帝国の様子をありありと現代に伝えてくれます。

私は、今回、3世紀の日本のことが詳しく書かれた唯一の文献史料である「魏志倭人伝」――正確には、著作郎・陳寿が書いた正史『三国志』の「魏書」第30巻「烏丸鮮卑東夷伝」の中の「倭人条」を、丹念に読み込み、陳寿の記したとおりの距離と方角をたどれば、邪馬台国は、別府市の扇状地にあったのではないか、との結論を導き出しました(小学館新書『邪馬台国は別府温泉だった!』)。

 

別府の扇状地の北西には、これまでなんどか噴火をしてきた鶴見岳・伽藍岳があります。東日本大震災の際に話題になった、1000年前に大地震・大津波が東北地方を襲った「貞観地震」のことが書かれている「日本三代実録」には、地震の2年前、鶴見岳・伽藍岳が大噴火を起こし、「山頂の三つの池から大音響を発し、大小無数の岩石が噴出し火山灰は数里の間に降った」と記録されています。

別府扇状地の火山灰層の下には、倭人伝で描かれたとおり、濠と城柵に囲まれ「楼観」(物見やぐら)で警護され、女王・卑弥呼が起居した「居処」と執務室である「宮室」がある、吉野ヶ里級の環濠集落の遺跡が眠っているかもしれません。私はいつの日か、ここから卑弥呼の王宮跡が発掘されることを夢見ています。