元海自特殊部隊員が語る「尖閣諸島、北朝鮮以上の、この国の危機」

最前線の自衛官は国のために死ねるのか
近藤 大介, 伊藤祐靖 プロフィール

「こんな組織では絶対に戦えない」

近藤: 『自衛隊失格』では、一年間の幹部候補生学校の生活についても、リアルに描いていますね。自衛隊員の能力向上ではなく、頑張ることの「確認ごっこ」のための教育をしていると。そして、こんな疑問を投げかけます。

〈 こんな組織では絶対に戦えない。と同時に、これは自衛隊だけの問題ではなく、日本という国が抱える問題であるとも感じ始めていた。もしかしたら、国民みんなが本気のフリをしているのが日本ではないか 〉

私がこの箇所を読んでいて思い浮かべたのは、まもなく終わるであろう安倍晋三長期政権でした。安倍内閣は一言で言うと、「やってる感内閣」ですよ。

物価を2%上げる、プライマリー・バランスをゼロにする、拉致被害者を取り返す、北方領土を取り戻す……。いつも「やってる感」たっぷりだけど、実際には何も成果がない。新型コロナウイルスへの一連の稚拙な対策は、「やってる感内閣」の集大成とも言えるものでした。

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伊藤: 私がいた自衛隊の話をすれば、幹部候補生学校の卒業時に、7階級特進しましたが、幹部自衛官の世界も、一種独特でした。

一般に軍隊というのは、平時において官僚と渡り合い、法的に組織を最適化する能力に長けた幹部と、有事において規則や常識を度外視して、戦闘能力に長けた幹部が必要です。

しかし自衛隊には、前者しかいない。デスクでの議論で予算獲得のための理屈を思いついたり、きっちり予算を執行する手法を考える力に長けた幹部たちが、幅を利かせているわけです。彼らの思考の延長線上には、毎年お決まりの訓練はあっても、実際の戦闘は存在しない。

近藤: その点は、小説『邦人奪還』でも指摘されていましたね。やはり前述の問題に戻りますが、確固たる「国家理念」がないという前提が、自衛隊に大きく影を落としているわけですね。 

私は長年、中国の研究をしていますが、日本社会と中国社会の違いを一つだけ挙げよと言われたら、国民が自国の軍隊を尊敬しているかしていないかの違いだと答えます。

中国には、「有国才有家、有軍才有国」(国があって初めて家庭があり、軍があって初めて国がある)という言葉があります。軍がすべての起点、原点と考えるから、軍人は最大の尊敬の対象です。高速道路には軍人優先路線があり、駅へ行けば軍人専用改札口や切符売り場がある。軍人は国立公園も美術館も無料です。

伊藤: なるほど、日本とはずいぶん違いますね。私が入隊した頃の自衛隊は、「税金泥棒」なんて陰口を叩かれていましたから。

近藤: その後、伊藤さんは防衛大学校の教官になるわけですが、そこでも、平時の発想で有事の真似事ばかりやらせるカリキュラムに、「自衛隊劇団」と辛辣に書かれています。

さらに、あの有名な、首相が祝辞を述べて卒業生が帽子を投げ捨てる防大の卒業式のシーンも批判されていますね。

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伊藤: はい。アメリカの海軍兵学校や陸軍士官学校の制服は、すべて学生が自分で購入しています。だから卒業時に、もう使用することのない帽子を投げ捨てるという習慣がついたわけです。

しかし防衛大学校の学生の制服や帽子は、すべて貸与物品です。学生たちは普段からそのことを強く認識し、大切に扱っています。だから自衛隊の伝統的な官品愛護の精神からは、絶対に出てこない発想なんです。

近藤: 防衛大学校の教官として学生たちに向けた「離任の辞」も、『自衛隊失格』に全文を載せていますね。大変感動的な文章なので、一部を紹介します。

〈 俺は現職自衛官の価値観、人生観、死生観を伝えるためにここに来た。

我々の職業は究極のボランティアだ。知らない奴のために自分が死ななきゃならない。人を殺さなきゃならない。敵ばかりじゃない。部下も殺さなきゃならない。「ガタガタ言わずに死んでこい」と言わなきゃならない時もある。

軍人らしさってなんだ。任務達成のためにすべてのことをあきらめることが軍人らしさだ。何の見返りもなく、任務達成を目指す。これが軍人らしさだ 〉

 

伊藤: お恥ずかしい限りです。

近藤: 教官を終えてまもなくして、当時最新鋭と言われていたイージス艦「みょうこう」の航海長に着任しますね。そして運命の1999年3月を迎えます。日本中が騒然となった「能登半島沖不審船事案」です。