元海自特殊部隊員が語る「尖閣諸島、北朝鮮以上の、この国の危機」

最前線の自衛官は国のために死ねるのか
近藤 大介, 伊藤祐靖 プロフィール

「国家理念」を持たない国

近藤: 『邦人奪還』の中で、とても象徴的なシーンがあります。第3章で、北朝鮮で生存しているという6人の日本人拉致被害者の奪還作戦を実行するための会議が、深夜に首相官邸で開かれる場面です。

北朝鮮への自衛隊派遣をお気軽に考えている首相や官房長官に、主人公である海上自衛隊特別警備隊第3小隊長の藤井義貴3佐が迫ります(以下、書籍からの引用部分は抜粋の上編集した)

「武力を使うのであれば、必ず何かを失います。よく政治家の方は、選挙は命懸けとかなんとかおっしゃいますが、そういう比喩ではないですよ。本当の死です。

なぜ、犠牲を払ってでも救出するとお決めになったんですか。まさか、党のためとか、政権のためとか、どこかの大統領に言われたとかでは……」

こういった言葉で会議は緊迫しますが、最後は、藤井3佐が唯一、尊敬する陸上自衛隊特殊作戦群長の天道剣一1佐が諫めます。

「結論から申し上げれば、『我が国の国家理念を貫くため』です。これ以外のはずがないのです。なぜなら軍事作戦は、国家がその発動を決意し、国家がその発動を命じて初めて行われるものだからです」

まさに迫真のシーンですね。

伊藤: あのシーンは、どうしてもこだわりがあった部分でした。この小説自体、一言で言うと、「国家理念」がはっきり定まっていないと困る人たちの物語なんです。

政治家は、「国民の生命と財産を守る」とよくおっしゃいます。もちろん、それは非常に大切ですが、それがすべてかというと、私は違うと思っています。もし、国民の生命と財産よりも優先すべきものはない、というのであれば、この小説に出てくる作戦(6名を救出するために、より多くの生命を失う、損耗の可能性を前提に自衛隊を投入すること)は、決してやってはいけないことになります。

でも、お読みになったら、簡単に否定はできないと思うんです。同意はできずとも、悩み迷うにしても、バカバカしいと一言で済ませられる方はどこにもいないのではないでしょうか。

近藤: 続くシーンも印象的です。奪還作戦の決行が決まり、藤井小隊長が部下たちに説明する。その時、部下の一人が、「もしも敵の捕虜になったらどうなるのか」と質問する。それに対する藤井小隊長の答えは、ズシリと来ます。

「自衛官は、捕虜にはならない。なれないんだよ。日本に軍隊はないと憲法で宣言しているよな。だから軍人は存在しない。軍人じゃない人間は捕虜にはなれない。

軍人は、自国が定めた軍法で権利と義務が規定され、それによって裁かれる。この軍法がないというのは、とんでもない話なんだ。別の視点で見れば、日本は恐ろしい国だよ」

沈黙する隊員たちに、藤井小隊長が説きます。

「俺たちは軍人としての権利は主張できず、命令に従うという義務のみを果たさなければならない。それが俺たち自衛官の宿命だ」

伊藤: そうですね。この軍法がないということは、大変なことでして、仮定のお話をします。

自衛隊の高官が、自衛隊車両に乗っている時、ドライバーに「急いで○時までに到着するように」と指示を出したとします。その結果スピード違反で捕まった場合、軍法があれば、ドライバーは罪を問われません。命令した人が罪を問われます。しかし、軍法がなければドライバーが罪を問われて、指示した人は問われません。

タクシーの乗客程度の責任しかとれないのに、一方は命令を出さなければならず、それでも、このドライバーは命令に従わなければならないのかどうか。要は、一方は受けなければならないということになります。

私は丸20年、海上自衛隊に在籍しましたが、時には海外の部隊と合同で訓練することもあって、そんな時、外国人に「なぜ、海軍(Navy)と言わずに自衛隊(Self-Defence Force)と言うのか(英語圏の人には自警団のイメージを抱かせるらしい)」とよく聞かれました。その由来も、軍法がないことも説明できず、言葉を濁していました。

 

近藤: 軍隊ではない。なのに24万人の隊員と、5兆円を超える予算を持った巨大組織ですからね。