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日本はアフガニスタン以下…沖縄県庁の若手が暴いた日米関係の異常

「日本のカタチ」を問うために

沖縄県庁の斬新な取り組み

翁長さんの時代からデニーさんの今まで、僕は、沖縄県庁の若い官僚たちが、日米地位協定の異常を、アメリカが他国と結んでいる地位協定の比較から炙り出す試みに、ずっと協力させていただいております。その成果は、ここで一覧できます。

彼らによる海外への実地調査は、実に、米軍を擁する7ヵ国にも及び、当然、こいつらは反米だとか、反日本政府だとか、予め風評を現地の外交筋に流すなど、手を替え品を替え、日本の外務省とその在外公館による様々な妨害があったと予想されるのですが、司令官クラスを含む各国の要人たちとのインタビューにも成功しております。

単に反米という立場ではなく、他国との比較を敢行することによって日米関係がいかに異常であるかを、その最たる被害者の沖縄が問う。ぜひ、上記リンクをご覧になってください。

 

駐留米軍の「居てやっている感」が変化

その中の報告書の一つに、日米地位協定研究の第一人者であられる法政大学法学部の明田川融先生と一緒に、僕の論評が載っています。(【他国地位協定調査報告書(欧州編)】の39ページです。https://www.pref.okinawa.jp/site/chijiko/kichitai/sofa/documents/190411-1.pdf

ここで改めて、沖縄県庁の斬新な取り組みに対する論評を転掲したいと思います。

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日米地位協定に「見直し」は必要であろうか?

「変化」が必要ないと言っているのではない。問題を合意条項の具体的な瑕疵に限定できるなら、「見直し」は必要であるだろう。

日米間に「主」と「従」の関係があり、「従」が「主」に対して、待遇の改善を求める。これが今まで日本人が求めてきた「見直し」である。しかし、本調査による他国の地位協定の「比較」が突きつける現実の要請は、待遇の「見直し」ではない。主従関係そのものの「見直し」である。

冷戦の終焉を契機として、駐留米軍の「居てやっている感」は、決定的な変化を迫られる。

普天間基地米軍の普天間飛行場〔PHOTO〕gettyimages

第二次大戦終戦間際、ソ連の圧倒的な通常戦力を見せつけられて以来、赤い悪魔の恐怖という政治レトリックは、事故が引き起こす紆余曲折があっても、何とか駐留米軍の自由の謳歌を正当化できていた。

冷戦終結は、米軍駐留の根本の「言い訳」が問われる時代の黎明であった。1993年のドイツの補足協定、1995年のイタリアでの同様の合意は、これを背景とする。

駐留米軍の「自由の制限」は、すなわち受入国の「主権の回復」である。