篠田 日本初の女性海保潜水士の物語、フィクションとは思えないリアリティとスピード感で一気に引き込まれました。警察小説は多いけれど、海上保安庁を舞台にした小説はあまり見かけない印象です。なぜ、書こうと思われたのですか。
吉川 もともと、海上で起きた事件を扱う『新東京水上警察』シリーズを書いていたのがきっかけで、海上保安庁の方にお話を伺う機会ができたんです。その時に「海保のことをもっと多くの人に知ってほしい」とおっしゃっていたこともあって、構想を練り始めました。女性初の海保潜水士を主人公にしたのは親しみやすいかな、と思ったから。海保についてはそれほど知らなくても潜水士「海猿」は誰もが知ってますからね。
篠田 マンガやドラマで有名になりましたよね。
吉川 そうそう。ただ、私自身が女性なので潜水士も女性にしてはどうだろうかと、『海蝶』が誕生したんです。「海蝶」は造語です。小説の中でも触れていますが、女性が水中を泳ぐ姿ってとてもしなやかで優雅だな、と思って、蝶が空を舞うようなイメージで名付けました。
川原山 実際は、まだ海上保安庁に女性の潜水士はいたことがないんです。
吉川 そうなんですよね。主人公の忍海愛(おしみ・あい)も男性と同じ条件の適性検査によって選抜され、過酷な訓練を乗り越えて国家試験を受け、ようやく潜水士の仲間入りを果たしています。法や組織の仕組み上では女性もなれると聞いていますが、やはり難しいのでしょうか。
川原山 私は子どもの頃から船も水泳も好きで、海に関わる仕事がしたくて海上保安庁に入りました。はじめの頃は潜水士になりたいという思いもありましたが、当時の男性の先輩たちに言われたのは「潜水士はついているものがついていないとなれないんだよ」ということ。セクハラという言葉がまだない20年以上前の話なので表現は微妙ですが、要は基礎体力の問題です。