公開書簡の執筆者たちはピンカーのツイッターを数年前までさかのぼって調べたはずだ。それでも、彼らは、ピンカーが「差別の問題を矮小化」していることや「差別に反対する人の声を抑圧」していることを直接的に示す証拠を発見できなかった。
だから、「ピンカーは人種差別の問題の原因に関して、活動家たちとは異なる意見を抱いている」ということしか示せず、「活動家たちと異なる仮説を支持するということは、差別の問題を軽視して矮小化することである」というロジックで非難をおこなうことになったのである。
もし、「問題の原因について、活動家たちとは異なる仮説を支持する」ことが「差別を軽視したり差別に反対する声を抑圧したりするものである」と見なされてしまうと、ピンカーのみならずかなり多くの人たちが、社会問題に対して何も発言することができなくなってしまうだろう。差別問題に反対する活動家たちの意見に疑問や反論を呈することも許されず、黙って受け入れることしかできなくなってしまうからだ。
特筆すべきは、この公開書簡に600名もの署名が集まり、そのなかには学生だけでなく助教授や教授の署名もあったことだ。そもそもピンカーが多くのアカデミシャンから 批判されていたり嫌われていたりすることも一因ではあるだろうが、その背景には、もっと根深くて深刻な問題が存在する。
次回の記事では、昨今のアメリカのアカデミアに重大な影響をもたらしている「キャンセル・カルチャー」や「ノー・プラットフォーミング」の問題について、「公正と公開討議についての書簡」の執筆者の一人である社会心理学者のジョナサン・ハイトの議論を参考にしながら解説しよう。