2020.08.16
# アメリカ

「世界的知性」スティーブン・ピンカーが、米国「リベラル」から嫌われる理由

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では、ピンカーはレイシストなのか?

上述したように、ピンカーには左派や社会運動家から嫌われて、批判を受ける理由が充分にある。しかし、進化心理学が差別を正当化したり合理的な楽観主義が現代の社会問題を矮小化したりする可能性があるとしても、そのことはピンカー自身が差別を肯定するレイシストである、ということには直結しない。

実は、公開書簡で具体的に取り上げられている論点の大半はピンカーの著作の内容ではなく、彼がツイッターに投稿してきたツイートである。それも最近のものに限らず、2014年や2015年など数年前のツイートが含まれている。そして、 どのツイートも、ピンカーが人種差別の問題を軽視したり矮小化したりしていることを明確に示す証拠にはなっていないのだ。

 

取り上げられているツイートのうち大部分は、はアメリカの警官による黒人の射殺問題、またはアメリカの警察制度そのものの問題に関するものだ。

その内容を見てみると、ブラック・ライヴズ・マター運動の活動家たちの多くが主張するような「アメリカの社会には制度的なレイシズムが存在しており、警官による黒人の射殺問題も制度的なレイシズムのあらわれである」という仮説にピンカーが否定的である、ということはうかがえる

その代わりにピンカーが肯定している仮説は、問題の原因は「そもそもアメリカの警官は、他の国の警官に比べて銃を発砲する機会が多すぎる」ということにあり、黒人が白人に比べて多く射殺されているのは単に黒人の方が白人よりも警察に通報される機会が多くて警察が犯罪現場で遭遇する可能性が高いからである、というものであるようだ。公開書簡では、「ピンカーの記事の要約の仕方が恣意的である」などと批判されているが、記事の内容と照らし合わせてみると、必ずしも間違った要約ではないのだ。

つまり、ピンカーのツイートからは、彼がブラック・ライヴズ・マター運動の活動家たちとは問題の原因について異なる仮説を支持している、ということしか読み取れないのだ。それが、公開書簡のなかでは「 差別を矮小化している」「差別に反対する声を抑圧する」とされてしまっているのである。

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