2020.08.16
# アメリカ

「世界的知性」スティーブン・ピンカーが、米国「リベラル」から嫌われる理由

「学会除名騒動」の背景
ベンジャミン・クリッツァー プロフィール

また、ピンカーは民主主義や個人主義、自由主義や科学的思考、それらの根本にある「啓蒙主義」の発展こそが近代以降に社会を進歩させて暴力を減退させる推進力となった、と説く。

アカデミズムに詳しくない人からすれば、この主張は穏当なものに聞こえるかもしれない。しかし、20世紀後半の文系のアカデミアではポストモダニズムやポストコロリアニズムが影響力を持ったために、民主主義や啓蒙主義の価値を疑ったり批判したりすることの方がスタンダードとなっていた。つまり、ピンカーの主張は文系のアカデミアでは「異端」なのであり、そのために同業のアカデミシャンから批判の対象となったのだ。

〔PHOTO〕iStock
 

ピンカーは「近代」が人間の生活環境や道徳意識の向上のブレイクスルーとなったと論じているが、その主張は「西洋中心主義や植民地主義を肯定している」といった批判を浴び続けている。ピンカー自身が北米に生まれ育った白人男性という批判しやすい存在であることも、彼に対する批判を招き寄せる一因となっているはずだ。

「合理的な楽観主義」は、社会制度や経済の発達や新しい科学技術の発明などの様々な要素の積み重ねで世の中は少しずつ良くなってきた、という漸進的な世界観である。そのために、ラディカルな左派はピンカーの主張を受け入れない。彼らは現代の欧米における国家制度や資本主義経済に見切りをつけて、狩猟採集民の社会や無政府社会や共産主義などにオルタナティブを見出したがるからだ。

そして、社会運動を行う活動家たちの大半も、多かれ少なかれラディカルな左派の言説に影響されやすいものだ。そのために、ピンカーは活動家たちからはパブリック・エネミーと見なされやすい存在であるだろう。

……要するに、ピンカーは以前から至るところに「敵」をつくってきた人なのだ。LSAの内部にも、彼に対して日頃から反感を抱いていた人が多数いたであろうことは想像にかたくない。公開書簡に600名もの署名が集まったことの一因が、ピンカーが一般向けの著作で行なってきた論争的な主張にあることは否めないだろう。

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